望月旋律

□君よ知るや恋の詩
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 それまで俺は、ただ惰性で生きてきた。




 実の親に捨てられたこんな俺を、拾い育ててくれた先生が幕府の奴らに殺され、俺は狂った。



 そう、先生が殺されて俺は狂ったんだ。

 その証拠に、その後に幼なじみ達と身を投じた攘夷戦争では、敵を何人斬り殺そうが俺は何も感じることがなかった。

 それどころか、俺から先生を奪った奴らを葬ることに嬉しさが込み上げてきて、敵を斬りつけながら何度も笑っていたのを覚えている。

 その笑みを見た味方達が俺を恐がろうが嫌おうが、俺にとってはどうでも良かった。

 ただ、こんな俺を慈しみ育ててくれた先生を奪った、天人やそれに与する幕府の奴らが憎くて憎くて、そいつらを殺せることが嬉しくって仕方がなかったんだ。



 戦いで込み上げてくる嬉しさと憎しみ。その感情だけが俺をつき動かす原動力。

 その反動なのかはわからないが、普段の俺は感情の起伏をまったくみせなくなっていた。



 戦争が終結に近づき、負け戦がわかると一人また一人と仲間達が去って行く。坂本は宇宙を見たいと出て行き、桂と高杉だけは戦う意思をみせていたが。

 そんな中、俺は一人戸惑っていた。



 戦争が終結に近づくにつれて、俺の狂っていた精神が見せた幻なのか、ただの夢だったのか。

 休憩時や敵がこない日、気がつけば目の前に先生がいた。

 俺には、夢、幻であっても嬉しかった。



 しかし、やがて先生が、いつも悲しそうな表情でコッチを見ていることに気がついた。



 最初は、先生の仇も伐てずに終わることが悲しいのかと思っていた俺は、敵を葬って葬って、先生の無念を晴らそうとガムシャラに闘った。

 それでも、先生の悲しそうな表情が晴れるどころか、ますます深くなっていく。

 俺はそれが哀しくて悔しくって、だけど、俺に出来るのは、敵を斬ることだけで。何故、先生がそんな表情をするのかわからなかった。



 やがて戦争は俺達攘夷派の負けに終わり、その時になって、俺は先生の言葉を思い出した。


「武力による発起は失敗する。仮に成功したとしても、必ずどこかで綻びが生じてしまいます」


 そんなの今更だ。



 そして、その時になって、武力で訴えることを否定していた先生が仇を討って欲しいなんて、幻であろうと訴えるはずがないと今更ながらに気がついた。

 だから、俺が敵を葬る度に悲しそうな顔をしていたんだ。



 だけど、そんなものはすべて今更で。

 先生の言葉通り、この戦いは俺達の敗北で終わる。だけど、何度過去を繰り返そうと、俺達は何度だって同じ道を進む。

 そして、先生を失った俺は、その度に狂って、先生を悲しませてしまうだろう。
 
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