望月旋律
□恋愛小説
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坂田銀時。
大手出版会社であるS英社専属の小説家だ。
処女作はあまり人気がでなかったものの、名前を変えて出した『万事屋大騒動』がミリオンセラーをたたぎだし、一躍有名になった。今では、坂田銀時と言えば、『万事屋シリーズ』と言うほどだ。
だが、この銀時は、やれば一晩で数百枚の原稿を仕上げることなどたやすいくせに、そこにいたるまでが長く、なかなか腰をあげようとしない、編集者泣かせな男なのだ。
しかし、出せば必ずヒット間違いなしのシリーズなだけに、会社側も扱いには手を焼いていた。
「まったく…あっ…そう言えば、ドラマ化が決まった3年Z組のキャストが、決まったらしいですよ!」
暇つぶしのために持ち込んだ雑誌の表紙が目に入り、銀時に報告し忘れていた事を思い出した新八が報告する。
「へぇ…」
銀時がもっているもう一つのシリーズがドラマ化されるとは、前々から打診されていたので、銀時も知っている。
キャスティングに希望はあるか聞かれたが、テレビは結野アナが出てくる占いか、甘味に関する番組しか見ないため、イメージが壊れなければ誰でも良いと答えた覚えがある。
「ってかよぉ…好みの女ならまだしも、男の事なんてわかるかってぇの」
最後の一口を大事に味わいながら、当時のことを思い出して呟く。
ただでさえ人の顔を覚えるのが苦手な銀時は、人間嫌いが激しい。編集部の担当も、新八になるまでは、まったく長持ちしなかったぐらいだ。
そんな銀時が、興味のない人間の顔と名前を覚えている筈がない。
「高杉さんとか、桂さんも出演が決まったらしいですし、今をときめくトシも、出演が決まったって、担当の人が言ってましたよ」
「トシ?誰だそれ?」
親交がある前二人は良いとして、聞き慣れない名前に銀時が問えば、彼の人間嫌いを知っている新八が、トシの事を話す。
「今、若手実力派俳優として活躍している人で、少し前だと、大河ドラマの『真選組!』とか、今なら『陽炎が辻』なんかに出てますし、コマーシャルなら、キョーピーマヨやデジカメ、後、写真集なんかも、大ヒットしたとか…この表紙の人ですよ!」
傍らにあった雑誌の表紙を銀時にみせる。それを興味なさ気に見やりながら、目を細めて新八を見る。
「ほぉ〜お…ってかよぉ、何でそんな詳しいわけ?…もしかして、お前…」
疑わしげな視線を新八に投げかける。
「へ…?って、ちょっ!違います!姉上がファンで、色々と聞かされてるから…」
「はいはい、わかったわかった、そういう事にしといてやるよ」
「わかってねーじゃねーかっ!あんた、わかってないだろ!!僕は可愛い子が好きなんですっ!!!ってか、お通ちゃん一筋なんだよっ!!!!」
肩で息を吐く新八を尻目に、銀時は耳をほじっていた小指のゴミを、息を吹きかけて飛ばしている。
「って、聞けよ!……はい、もしもし?」
人の話を聞こうとしない銀時の態度に、ツッコミを入れている時、新八の携帯電話が鳴り、一瞬、銀時から目を離してしまった。
その時、銀時の目が光ったのを新八は気付かなかった。
話を終えて銀時の名を呼びながら振り返ると、誰もいない。
「っの、マダオーーーっ!」
新八の叫びが、深夜のホテルに響きわたった。