旋律
□この恋は絶対秘密
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―――ああ、自分はあいつの事が好きなのだと、唐突に気が付いた。
何故あいつなのだろうか………。
確かにオレはモテル方ではないが、国中を旅して回っているのだから、色々な女の子や女性と知り合いになることもあるし、周りには、幼馴染みのウィンリィや綺麗で優しいホークアイ中尉だっている。
それなのに、何故、男のあいつの事を好きになってしまったんだろう・・・。
―――あいつの事が好きなのだと気が付いた時、涙がでてきた。
―――あいつの事が好きなのだと気が付いた時から、溜め息の数が増えた。
―――あいつの事が好きなのだと気が付いた時から、東方指令部へ行くのが怖くなった。
あいつに会いたくなくって定期報告を故意に忘れていたのに、弟のアルフォンスに無理矢理せかされてやってきたイーストシティの大通り。
馬鹿な犯罪者達相手に大捕物を展開していたのだろう、何処と無く疲れた面持ちの指令部の面々が、捕まえた馬鹿共を軍のトラックの荷台に詰め込んでいるのをオレは見付けてしまった。
その中には指令官であるあいつの姿も当然あり、オレの心臓がいつもより早くなっているのを自覚して、そっと野次馬の中から抜け出そうとした。
いつもなら傍にいるアルフォンスが良い目印になっているが、今は図書館へ新しい文献がないか調べに行っているため傍にいない。
あまり認めたくないことだが、目印がないオレに指令部の面々が気付いてない今のウチに東方指令部に向かい、まっている間にこの胸の鼓動を静めて何事もなくあいつに会う筈だったのだ。
それなのに、一瞬だけ…本当に一瞬だけ振り返ってあいつを見ようとしたその時、よりにもよってあいつと目が合ってしまい、オレは息を飲んだ。
それはホンのチョットの時間だった筈なのに、オレには何故か長く感じ、周りの音が一切消えた気がした。
そしてあいつは満面の笑みを浮かべると、こちらに向かって、大きく手を振ってきやがった…。
今度は間違い無く、オレの時間だけでなくその場の空気が凍り付き、あいつ以外の全てが動きを止めたのを、オレは頭の隅で認めた。
それはそうだろう。
あいつはあれでも、ここイーストシティを拠点とした東部の軍を統括する指令官で、何人もの女性から熱い視線を向けられる程、認めるのはシャクだが黙って立っていれば格好良い。
それなのに、年甲斐もなく満面の笑みをうかべて、こちらに手を振っているのだ。
これで凍り付かない方がおかしい。
オレは頬が引きつるのを止められなかった。
他人のフリ、他人のフリと心の中で呟きながら、オレが他の野次馬達と同く誰かを探すように顔を巡らせていると、あいつはオレが気付いていないとでも思ったのか、両手を口元へもっていった。
ちょ、ちょっとまてよおいっ!
もしかして、名前を叫ぶつもりかっ!
それだけは止めてくれっ!?
オレが慌てて止めに行こうとしたその瞬間、今度はあいつが凍りついたように動きを止めた。
あいつの後ろには、ニッコリと笑っているホークアイ中尉の姿。
こちらからはあいつが邪魔になって見えないが、多分、あいつの背中に銃口をおしつけているのだろう。
ここまでは聞えないがホークアイ中尉が何か言ったらしく、あいつは両手を口元にあてたまま何度も頷くと、その手を元に戻すのも忘れたまま、ギクシャクとした動きで車へと向かっていった。
その後ろ姿には威厳なんてものはなく、はっきり言って『情けない』の一言につきる。
ほんと、何であいつなんか好きになっちゃったんだろう……。
―――あいつを好きだと自覚してから、自分の趣味の悪さに、涙と溜め息が止まらない。
はぁー………。
あんなヤツを好きだなんて知られたら、オレの趣味が疑われるから、東方指令部に行くのも怖くなる。
なにより、オレがあいつのことを好きだと本人に知られたら、今でさえ恥ずかしいのに、それ以上に恥ずかしい行動にでるかもしれない。
って言うか、でるに決まってる。
そして、その被害はオレに全てかかるに決まってる!
冗談じゃねぇ!?
絶対、この恋は誰にも秘密にしなくっちゃいけない。
絶対!
あんなのが好きだなんて、誰にも知られないように頑張ろう。
大丈夫、誰にもバレる筈がないっ!
でも、とりあえず東方指令部へ行って、あのバカを止めてくれたホークアイ中尉にお礼を言ってこなくっちゃな・・・はぁー。
――― ホント、なんでアンナのを好きになっちゃったんだろ・・・?
2007.9.11