望月旋律
□完全幸福
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その日、珍しく依頼が入り金があった俺は、たまたま会った長谷川さんと馴染みの飲み屋で酒を交わしていた。
いつしか夜もふかまり、しこたま酒を飲んでいた俺達は、お互いの愚痴を言い合い、長谷川さんは別居中の奥さんの事を泣きながら語りはじめ、それに触発されたのか、俺は長谷川さん相手に恋愛相談なんかを始めてしまった。
そう、俺は、恋をしていた。
この歳でなにをと思わないでもないが、俺は一人の人間に恋をしていたんだ。
しかも―――男に。
って、そこでひかないでくんない、長谷川さん。
ああ、大丈夫、大丈夫、相手はアンタじゃないから、安心しな。
その男の第一印象は最悪。
第二次遭遇時も最悪。
これで恋に落ちるだなんて、我が事ながら俺も趣味が悪い。
まったくだって、そんな相槌欲しくねーよ。
それでも、恋とはしようと思ってするわけでもなく、ある日突然に訪れるものであるわけで。
そして、俺はその訪れを拒絶する隙も与えられずに、受けてしまったわけで。
あれ?
これって、不法侵入か、コノヤローっ!
そうムカつく程に青い空に悪態をついても、訪れてしまったものはしかたがない。
ただ、折角、地道な努力で顔を合わせただけで喧嘩を吹っかけられたり、嫌悪感タップリな表情をされたりしなくなったんだ、男の俺から告白されて嫌われて、これまでの努力を無駄にするつもりはない。
そりゃぁ、恋人になれりゃぁ1番いいんだが、男から告白されて嫌悪感を抱かないなんて無理だろう。
ってか、俺だったら嫌だ。
アイツだったら幸せだけど、長谷川さんやゴリラからされたら、簀巻きにして隅田川に沈めちまう自信がある。
え?こっちだって願い下げ?
まあ、お互い様だよ。お互い様。
とにかく、あんなキモい奴らじゃなく、こう…まだ顔が見られる新八や総一郎君からでも、嫌だね。うん。
でも、アイツからだったら、そんな嫌悪感が込み上げてくる事はなく、むしろ、逆に、幸福感で心の中がいっぱいになる。
ってか、妄想だけでこうなら、実際にされたらどうなっちまうんだ、俺。
まあ、ないだろうけどな。
なんでアンタがそこで頷くんだよ、マダオ!
とにかく、俺はこの気持ちを口にする事はない、そう思っていた。
あの日までは。
ムカつくインテリ眼鏡が起こした事件。
それを解決し、アイツの妖刀に囚われた魂も救くった俺は、今までの考えを一新した。
なんで、あんな消極的な事を考えていたのが、昔の俺に二時間ほど説教をかましたい。
って、長谷川さん、聞いてる?
あ゛あ?誰か新しい客が来たって?
繁盛してて、良い事で。
うん?俺の隣かよ…まあ、いい。
オヤジ、熱燗一本な!
えぇえと…どこまで話したっけ?
説教?
そうそう、俺に説教四時間かましたいって、とこまでか。
その妖刀に魂を囚われていたアイツは、姿形はアイツそのモノだったのに、俺が惚れたあの真っ直ぐで綺麗な心をなくし、よりにもよって、オタクな魂になっていた。
ブッッッ!
おわっ、ちょ、隣の兄ちゃん、いきなり酒噴き出さないでくんない?
きったねぇなぁ。
まあ、とにかくだ、オタクが駄目ってわけじゃない。
現に、うちのツッコミ要員の新八眼鏡だって、わけのわからねぇ言葉を使うアイドルオタクだしな。
長谷川さん、アンタだって痴漢オタクだろ?
いやいやいや、否定したって無駄だって、あのAVの数は、殆どオタクの域だって!
まあ、だから、オタクを否定するわけじゃねぇ。
否定するわけじゃねぇが、テメーの大事な奴を助けに行くのに尻込みするようなアイツの姿を見てしまった俺が、愕然としたのは事実だ。
そして思い知った。
今回は、妖刀のせいでこうなってしまったが、文字通り命をかけているアイツとは、もしかしたら、明日には会えなくなるかもしれないんだって。
俺は、戦争でそれを知っていたはずなのに。
平和な日常を過ごすうちに、それを忘れていたんだ。
明日も必ず会えるなんて、そんな保証はどこにもないのに。
アイツが先生のように、俺のそばからいなくならないと、誰が言った?
その事に気付いた俺は、アイツに嫌われてもいいから、この気持ちを打ち明けようと決意したんだ。