望月旋律

□銀狼物語
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 秋も深まり、山の木々も段々と赤みを増していく。

 少年はその体格に似合わぬ大きな木箱を背に抱え、一心に前を向いて歩いていた。

 何としても、夕暮れまでには麓の村に着きたい。

 山は何かと物騒なので、本当は一人で歩くはずではなかったのだが、連れとはぐれてしまったので、仕方なく少年は一人で山を越えなくてはならなかった。


 少年が周りの紅葉にも目を向けず、ただひたすら前を向いて歩いていると、山の山頂に通じる右側の茂みを掻き分けて、少年の方へ向かってくる音が聞こえてくる。

 山賊が出るとは聞いていなかった少年は、しかし、慌てた様子もなく立ち止まると、腰にさしていた護身用の木刀を音のする方に向けて構えた。

 しかし、茂みを掻き分けてでてきたモノに驚き、構えていた木刀を下ろしてしまった。


 茂みを掻き分けたというより、山の傾斜を転がり落ちてきたのだろう、それは、少年の前まで見事な回転をもって転がり込んでくると、目の前で意識を失ってしまった。

 転がり落ちてきたのは、珍しい銀色の髪を持つまだ幼い少年だった。

 ただし、その幼子は、髪の色と同じ毛色の獣の耳と尻尾を持っており、少年の目の前で気絶してしまった幼子の獣耳は小刻みに震えているし、尻尾にいたっては、丸くくるまっていることから、どうやら玩具などではなく本物のようだ。



 呆然と目の前の半獣の幼子を見つめていた少年だったが、すぐに我に返って背中に背負っていた木箱を降ろすと、怪我の様子を確かめるために幼子の傍らにしゃがみ込んだ。



 これが、銀色の半獣半人の幼子と、薬売りをして旅をしている少年の出会いだった。


―――数年後。


 天人を受け入れた事で、めっきりと自然が少なくなってきた江戸の町を、黒ずんだ小さな毛玉のような獣がフラフラとさ迷っていた。

 道行く人々は、それに気付くと一様に顔をしかめ避けていく。

 はじめは歩道をさ迷っていた獣だったが、いつしか車道へとでてしまっていた。

 車道といっても、江戸の市民には高価すぎて、車を所有する者は極端に少ないので、車道といっても、実用性はあまりない。

 しかし、所有する者が極端に少ないといっても、全くないわけではなく。お客を目的地まで送る飛脚や木材を運ぶトラックなどもあれば、一部の金持ちや幕府高官などは自前で高級車を所有し、、幕府に属する一部の組織には、必要に応じて車を支給されているところもある。

 特に、生死に関わる救急車や、町の見廻りを行う警察などはよく通る。



 獣が力尽きたのか車道に倒れ込んでも、道行く人々は気にもとめず歩いてゆく。

 道に倒れ込んだ獣は、感情の無い瞳でそれらの人々を見ていたが、静かに瞼を閉じた後、突然、大きな音がしたかと思うと、辺りが暗くなるのを感じた。

「こりゃまた、随分とこ汚ねぇチビですねぃ」

 そんな声が聞こえたと思うと、誰かに抱き上げられるのを感じた。久しぶりに感じる暖かい温もりに、獣が温もりを逃がさないようにすりよる。

「死んでんですかぃ?」

「いや、まだ生きてるな」

 そんな声に獣が何とか瞼をこじ開けると、影になってあまりわからなかったが、何故だか懐かしさを感じ、嬉しそうにひと鳴きしたあと意識を失った。

「あぁ〜あ、死んじまった」

「死んでねぇって言ってんだろがっ!」

 そんなやり取りをしながら、車に戻る。

「なんでぇぃ、そいつ、連れてくんですかい」

 相方の嫌そうな声と表情を無視して胸元のスカーフを抜き取り、それで獣を包んでやると、膝の上に置いてシートベルトを締める。

「俺ぁ、面倒みませんぜぃ」

「誰も期待してねぇから、安心しろ」

 そんなやり取りをしながら、車は静かに発進した。



 その後、動物病院に連れていかれ、診療を受けてただの疲労と診断されると、屯所に連れていかれ風呂場で優しい手つきで体を洗われた獣は、その見事な銀色の毛並みから銀と名付けられ、真選組内でも二番目に偉い副長に飼われる事となった。
 
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