望月旋律
□君に降る幾多の幸せ 〜第一次遭遇編〜
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それは、大学を卒業したばかりの銀八が銀魂高校へ赴任してきた年の、クリスマス当日の朝の事だった。
その年に入った新任教師が銀八一人だった事と、元々の担当教員がやっと出来た彼女と過ごしたいという事から、新人教師で一緒に祝う家族もいない銀八が、クリスマスイブの宿直を押し付けられてしまった。
銀八としては、一緒に祝いたい養父の松陽もすでにこの世を去っているし、電気代を気にする事なく暖房を付けて暖まっった宿直室にケーキを持ち込んだので、家にいようが学校で過ごそうが気にする事ではない
ただ少し、宿直室の布団が埃臭く固いので、家の柔らかい布団が恋しいくはなったが、それもあと少しの辛抱だと我慢する。
昨夜はホワイトクリスマスだったようで、宿直室のある教員棟の校舎から見る校庭は一面の銀世界だ。
それを暖房をガンガンに入れた宿直室の窓から眺めていると、その銀世界に一点の黒点があり、それが段々と銀八のいる教員棟へと近づいて来ている事に気がついた。
こんな朝早くから来るのは、運動部の生徒に違いない。
そんな考えが頭をよぎる。
「あんだよ、こんな朝早く早くから…」
目の前に広がるまだ朝日も昇りきらない薄暗い外に、怠そうに頭を掻いて呟くと、あの生徒が訪れるであろう職員室へと向かうため、暖かな宿直室を出た。
室内履きにしている踵を踏み潰したスニーカーのたてるペタペタとどこか間の抜けた音を聞きながら、早朝の誰もいない廊下を歩いて行く。
すると、すでに職員室の鍵のかかったドアの前では、先ほどの黒点と思われる生徒の一人ポツンと窓の外を眺めながら立ち尽くしている背中が目に入ってきた。
「おまっとさん」
「おはようございます」
欠伸をしながらそう声をかければ、銀八がたてていた音に気付いていたのか驚く事なく振り返り、綺麗なお辞儀と共に挨拶を返してくる。
「(さすが体育会系)」
最近の高校生でこれほどきちんとした挨拶をしてくるなど、体育会系の生徒以外あまりいないだろう。先ほど立っている姿も背筋が真っ直ぐに伸びていた事から、剣道部辺りかと予想をたてながら銀八が感心したように内心で呟き目の前の生徒を眺めていると、上半身を戻した少年と銀八の目があう。
ドクン。
銀八の鼓動が高鳴る。
しかし、何故、自分の鼓動が速くなったのかわからず、内心首を捻りながらごまかすように頭を掻く。
「(随分と綺麗な奴だな…)」
少年の顔を眺めていた銀八が小さく目を見張る。銀八がそうなるのもしかたがない。
目の前の少年は、運動部に入っているにしては華奢で、ゴツゴツした所が一切ない。それどころか、テレビか何かにでも活躍していそうなほど顔が整っており、肌も日焼けしていないのか白く、思わず触りたくなるほどだ。
「(って、何考えてんだよ俺!相手は男子生徒だぞ!!)」
「?」
慌てて首を振って己の思考を諌めていた銀八は、少年が自分を不思議そうに見つめている事に気がつき、ごまかすように愛想笑いを顔に浮かべた。
「鍵だよな」
「はい、剣道場の鍵をお願いします」
「あ―…はいはい、剣道場な」
少年の言葉に頷いた銀八は鍵を取りに行くため、白衣のポケットから職員室の鍵を取り出しドアを開けると、頭を掻きながら中へと入っていく。
暫くして、大き目な鍵を一本持った銀八が戻ってきた。
「おらよ」
「ありがとうございます。後で返しに」
「ああ、良いって。俺が取りに行くからよ」
少年の言葉を遮るようにそう告げた銀八を、不思議そうに瞬きを繰り返して見つめてくる。
「え…でも」
「構わねーよ…おら、さっさと行け」
戸惑いながらもお辞儀をして去って行く少年の後ろ姿を見送った銀八は、その姿が完全に消えたのを確認すると、その場に頭を抱えるようにしてしゃがみ込んだ。
「あ゛あ゛あ゛!何?何してんの俺!なんであんな事、口にしてんだよ!」
自分に問いかけるように呟き、頭を何度も掻きむしる。
先ほどまでは、宿直室で温かいココアでも飲んでゴロゴロとしようと考えていたのに、何故あんな事を口にしたのか、銀八には自分でもわからなかった。
「…あ、あれだ…時間が余ってっからだよ、ほら」
まるで自分に言い訳をするように誰とはなしに呟くと、大きなため息を吐いた。
吐いた息が真っ白に染まり、やがて霧散してゆく。
「…ココアのも…」
白く染まる己の息に寒さを思い出した銀八はブルリと体を震わせると、職員室に再び鍵をかけるために体を摩りながら立ち上がった。
自分好みの甘いココアで温まった銀八は、先ほどの生徒が鍵を取りに来てからだいぶたった事に気がつき、そろそろ取りに行くかと重い腰を上げた。
すでに冬休みに突入している今、登校してくる生徒は少ない。それに加え、まだ朝早いとあって交代の教員も来ていない事から、校舎には銀八の歩く音だけが響きわたる。
「あ―…寒っ!」
剣道場と隣接する体育館と校舎を繋げる渡り廊下へと出た銀八は、あまりの寒さに、何故あんな事を口にしてしまったのかと後悔した。
暖房を効かせた宿直室からそのまま来たので、外に出るには薄着すぎたようで、寒さが身に染みる。
「あ―…畜生…」
歯の根も噛み合わないほどガチガチと歯を鳴らし、あまりの寒さに一気に渡り廊下を駆け抜けるとまたそこから隣接する剣道場まで駆け出す。
「お、開いてんじゃねーか」
たどり着いた剣道場の大きな扉が、半分ほど開いているのが銀八の目に入る。
「ご苦労なこった」
ただでさえ床がフローリングの剣道場は寒いというのに、半分も開けていれば余計寒いに違いない。
呆れたようにそう呟いた銀八が、半分ほど開いた扉の影から中を覗くように顔を突っ込んで見渡していると、その視線がある一点で止まった。