短編

□ふたり
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しばらく走って、自分がどれだけ走ってきたのか分からず、思わず辺りを見まわした。

1回2回と大きく深呼吸をすると、暴れていた心臓が少し大人しくなる。
そして、3回目の深呼吸をしようとした時、後ろから駆けてくる足音が聞こえた。

「おい!なんで逃げるんだよ!」

あ、花井に追いつかれたらしい。

冷静にその場を分析している自分が馬鹿らしい。

「逃げてねえよ」

あえて振り返らず、なるべく冷静に答える。

「逃げたじゃねえかよ」
「逃げてねえ…。トイレに行こうとしただけだ」
「トイレ、逆方向だぞ」

そこまで言われて、俺の頭の中は真っ白になった。

嘘ってのは、とっさに吐いても墓穴を掘るだけだな…。
俺はひとつ学んだ気がする。

無言で立ち尽くしていると、花井は1人で話し始めた。

「俺さ、さっき寝てる時に夢見たんだよ」

「夢の中でも教室で寝ててさ…そこでお前にキスされる夢」
「びっくりして、思わず目開けたんだ」
「そしたら、本当に阿部が居て…マジビビった」

そこまで捲くし立てた花井は、ひとつ深呼吸をしてから、最後の核心を衝いた。

「お前、俺になんかした?」

なんだよ、起きてたのかよ。

事実をどんどん並べられ、俺の顔はありえないぐらい熱くなっていた。
たぶん、耳まで赤いだろう。

「阿部、なんか言っ…」
「いつも頑張っててさ、すごいよな」

「は?」

「誰の話でも真面目に聞くし、うるさいやつの面倒もみてやるし…」
「俺にはできないことがいっぱいあって、正直すげえと思った」
「毎日遅くまで残って戸締り確認したり、しょげてるとこなんて他のやつには絶対見せない」

そこまで言って、ひとつ、息を吸ってみる。
吸った空気がすごく熱く感じた。

「だから、気がついたらキスしてた」

何が言いたいんだろう。

話している自分自身が何を言っているのかわかっていない。

頭の中が混乱してて、めちゃくちゃで…今にも逃げ出しそうだった。



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