短文
□IKEMEN NOTE
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「あなた、お帰りなさい」
「パパお帰り!」
「おかえり父さん」
その晩、名前を書かれた月の父、夜神総一郎が帰宅した。
月と母親の幸子、妹の粧裕の三人は、捜査が立て込んで一週間ぶりの帰宅となった一家の大黒柱を玄関で出迎えた。
「ただいま…」
「あの…お邪魔します…」
総一郎の後ろにはアフロヘアーの男が酷く居心地悪そうに立っていて、三人に頭を下げた。
「今私の下で働いてくれている相沢君だ。彼は今回の事件で非常によくやってくれた。労を労ってやりたいんだ」
総一郎は『私の下で働いて』のところをいやに強調して言った。
素直で純粋な母娘、幸子と粧裕は何の疑いもなく相沢を招き入れた。月だけは、父の様子のおかしさに気が付いた。
「きょ…局長!今朝も言いましたがそれは無理です!」
「いいや無理じゃない。相沢、お願いだから私を男にしてくれ!」
「何言ってるんです!局長は立派な男性じゃないですか…うわっ、止めて下さ…僕には妻子が!!局長にだって幸子さんとお子さんが!」
「そんなの関係ねえ!!」
「うわあぁぁーっ」
広い夜神邸で総一郎の部屋は一番奥にあり、これだけ大声を出しても幸子と粧裕は気付かない。だが月は、ドアに張り付いて聞き耳を立てていた。
(父さんお笑いとか嫌いなのに…凄い、あのノートは本当に効果があるんだ)
面白くなりそうだ…と、ニヤリと笑う月は、相沢を助ける気は毛頭無く。そっとその場を離れた。
翌朝。土曜なのでベッドに横たわったまま、ノートに誰の名前を書こうか思案していた月の耳に、総一郎の悲痛な叫びが聞こえてきた。
「幸子!許してくれえ!私にも分からないんだ…その…自分が自分でないようなんだ!!」
「言い訳は聞きたくありません!粧裕が知ったらどれだけ悲しむか…反省してらっしゃい!」
声は外から聞こえていたので、月はベランダに出た。
幸子が総一郎を引きずり、ゴミ集積場に連れて行こうとしていた。
(やっぱこのノート…凄いな)
総一郎は泣いていた。
だが月はそれを見て感心するばかり。
(でも…父さんがあんな風になったら母さんが可哀想だな…)
「…これ、取り消したりはできるのか…?」
月がノートに目を落とすと、後ろで月にソックリな声が聞こえた。
「じゃあこれ使う?IKEMEN ERASER(イケメン 消しゴム)」