※開設記念小説








はじめて人を美しいと思った。

いやそりゃ、可愛いね、とか、綺麗だね、なんて腐るくらい色んな子に言ってきたけど、人を美しいと思ったのは彼女が初めてだった。
クラムの腕に誘われてリラ色のシフォンドレスを身に纏って、くるくるとダンスフロアを舞うその姿はまるで一国のお姫様みたい。

もし、
もしももっと早くに僕が君を誘っていたら、君のその隣にはクラムじゃなくて僕がいたのかな?僕にもそのはにかんだような笑顔を向けてくれたのかな?
何それ、僕バカじゃないの?
1年の時からずっと見てきたのに、急に現れたイケメンにひょいって攫われちゃうのかよ。この意気地なし。

でも、ハーマイオニーもハーマイオニーだ。
突然現れた奴にほいほい付いて行くなんて。男がみんな僕やハリーみたいな紳士ばかりだと思ったら大間違いだぞ!
暗がりに連れ込まれて襲われたって僕は知らないからな!・・・いや、それはまずいな。それはだめ、やっぱりそれはだめだ。



「何一人百面相してるのよ」

「・・・ジニー」

「当ててあげる、ハーマイオニーのことでしょ?」



視線及び沈黙で回答を示すと妹は得意げに笑う。この子は本当に僕の妹なんだろうか?僕と違って、凄く、目敏い。



「早く覚悟決めないと、誰かに盗られちゃうよ?ハーマイオニー」

「別にそんなんじゃないし、」

「まぁ!この期に及んでまだ自分にしら切るつもりなの?」



自分にっていうか君にしらを切るつもりだったんだけど、そうはさせてくれないんだね、オーマイスウィートシスター(棒読み)。



「だって、ハーマイオニーも・・・」

「彼女は押しに弱いのよ!一度はちゃんと断わってるんだからね」

「・・・そうなの?」

「なのにお兄ちゃんがあんな誘い方するから・・・ハーマイオニーだってそりゃ怒るわよ」



私だったら殴ってるわね、と彼女の気持ちを代弁するかのように憤慨する妹。
だけど、僕だって少なからず傷付いたんだ。
好きな子が他の男と楽しそうに仲睦まじくワルツを踊ってたら誰だって傷付くって。
僕だってそりゃ傷付くさ!傷付くとも!

君の気持ちに僕が気付いていることを君は知っているくせに、どうして待っていてくれないんだよ。
僕にだって君に伝えるタイミングやら、シチュエーションやら色々考えてるんだ、何より伝えるための心の準備だってある。
なのに君は待っていてくれない、そうやってフラフラ、違う男の腕の中で幸せそうに笑って・・・!



「僕だって怒ってるんだよ」

「・・・お兄ちゃん?」



だから僕はラベンダーと付き合った、
だから僕はラベンダーと腕を組んだ、
だから僕はラベンダーとキスをしたんだ。

ねぇ、わかった?
僕がどれだけ傷付いたか。

キツイだろ?大好きな人が自分以外の異性を見ていること、自分以外の異性を触ること。

綺麗な鷲色の瞳が悲しみや怒りを孕んで、ゆらゆら、揺れる。
僕に対する批難の色を帯びたハリーの声、僕は何も言わずにその場を立ち退いた。
忍び見れば彼女は友人の腕にしがみついて頬を濡らす。
ほうら、君はそうやって他の男に・・・

(泣かせたのは、僕じゃないか・・・)

枯れた頬を伝うのは、罪悪感。
どうしていつもこうなんだ、彼女のこととなるといつも空回りばかりで。



「・・・ロン?どうしたの、急に立ち止まって」

「ごめん、ごめんラベンダー」

「・・・え?」

「君じゃ、駄目だ・・・」



パァン、乾いた音が響いて、バカにしないでよ、と言い残したラベンダーは瞳に大粒の涙を湛えてどこかに行ってしまった。
僕は何人の人間を、傷付ければ気が済むんだろう・・・?



「ばかみて」



呟いた言葉は直ぐに消えた。

そこで潰せるだけ時間を潰してから寮に戻った。
時間も時間だったため、談話室に人影はない。ただひとりを、除いて。

澄んだ空に浮かぶ青白い月を映す鷲色の瞳、髪は月明かりに照らされて栗色ともブロンドとも言い難い色に染まる。
やっぱり、美しいと、思った。



「遅かったわね、ラベンダーならとっくに自室よ?」



彼女泣いてたわよ?何かあったの?そう尋ねてくる彼女の声が酷く落ち着いていて、いらいらする。
僕は別に、と短く答え、彼女が膝を立てて座るソファーの向かい側に腰を下ろした。
月明かりに白い肌が浮かび上がる、目元は赤く腫れていた。

(泣いていたのは、君じゃないか・・・)

心の底でそう呟く、口に出そうかとも思ったけど、喉元までせり上がってきたその言葉をなんとか噛み砕いて飲み下す。



「おめでとう」

「――・・・何が?」

「ラベンダーのこと、彼女、とてもいい子だものね」



にこり、冷たい、色褪せた無機質な笑みを僕に向ける。
・・・なんでだよ、この期に及んでそうやって、どうしてそんなに聞き分けのいい子になるんだよっ!



「なんで・・・」

「何?」

「なんで“私のそばにいて”ってワガママ言わないんだよっ!」



“私以外見ないで”って、
“私を選んで”って、

なんで言ってくれないんだ!

ワガママ言ってきいてもらうのが“オンナノコ”だろ?いいよなぁ、そんな特権、僕なら全力で行使するよ!



「ワガママ言いたいのに我慢してるこっちの身にもなってみろよっ!」

「ワガママ・・・て?」

「君を僕のものにしたいんだよっ!!!」



僕、君のワガママならなんだって聞くよ?
傍にいてくれって言うなら気が済むまで傍にいるし、抱きしめてくれって言うならいくらでも抱きしめるよ。
慰めてくれって言うなら一日中頭を撫でてあげるし、笑わせてくれって言うなら思いつく限りの面白いことなんだってやるよ。
なのに君はいつも聞き分けのいい子を演じて、どれだけ僕が自分勝手しようと、それがあなたの選んだ答えなら受け入れるわ、って。



「なんだよ、ハーマイオニーのバカ、他の男となんて踊るなよ・・・」

「・・・ロン、」

「僕が好きなんだろ?僕を選べばいいじゃないかっ!」



僕だって君が好きなんだよ!
なんだか凄く情けない気分だ。



「ねぇ、ロン」

「なんだよ・・・」



項垂れちゃった首を持ち上げて彼女を見る、するとさっきまでの無機質な笑みは消えていて、代わりにもっともっと優しい笑みを僕に向ける。
そうして彼女は僕に尋ねた、ワガママ言っていいのか?って。



「いいの?凄く自分勝手な話よ?」

「言えよ・・・」

「私を、愛して・・・?ロン」



なんだよ、それ。
そんなのとっくの昔に、とっくの昔に叶ってるじゃないか。



「もう愛してるよ、ばか」

「なんだか、私たちとっても、遠回りをしたみたいね・・・」



もう我慢できない。堪らず彼女の傍に駆け寄って華奢な身体を引き寄せる。
大人びて、凄く綺麗になったのに、華奢な矮躯は何一つ変わっていなかった。



「覚悟しろよ、今までいろんな男に触らせた分これからは僕が君を独占するからな」



そう言ったら、白い肌を赤く染めるもんだから。
可愛くて可愛くて。
思わずその魅惑的な唇に吸いついた。





すなわちそれこそが素直になれない僕達のやり方
(貴方キス上手いのね)
(練習する相手がいたからね)
(・・・・・・サイテー)

−END−


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