・長・
□■落花流水の情■
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「あぁ。土方さんと俺の十番組でやってきた。怪我人も出てねぇし上手く行ったかな。」
原田の言葉にも厭味が含まれているように感じるのは今の自分が病んでいるからなのだろうか。
ちくり、ちくりと刺さる針に苛立ちが募る。
「最近あんたの手柄が多いらしいな。昨日来た新八があんたばかりズルイと愚痴を零していたぞ。」
仲間を売るつもりなど無いが、自分は誰かから聞いた事しか知らないのだからそのままを伝えて何が悪い。
新八がそう言っていたのは本当で、あいつに悪気が無い事は誰もが承知の事実なのだ。
ただ、それを口にした自分には微かな厭味が混じっているだろう。
原田の表情が僅かに厳しさを増した。
「……手柄を独り占めしたくてやってるわけじゃねぇ。ただ命令に従ってるだけだぜ、俺は。」
そんなの、わかっている。
わかりきっているのだ。
ただ、その命令を。
貰えているあんたが、羨ましい。
それだけだ。
ーー嫉妬
それだけだ。
「斎藤。焦る気持ちはわかるが今は傷を治す事を考えろ。無理して取り返しがつかなくなっちまったらそれこそ意味が無ぇんだからな。」
原田の諭すような言葉も、もう何度も何度も誰からと言わず言われている。
ただ、一人を除いて。
「……土方さんだってそう思ってお前に安静にしろって言ってんだから。」
そう、その一人を除いて。
自分が求める、唯一からの言葉は何一つ貰っていない。
此処で安静にしろと言われてから一度として姿を見せてくれていない。
他の誰もが励ましたり、激励しに来たり、愚痴を零しに来たり、ただ暇潰しに来たりしているのに。
あの人だけは、来てくれ無い。
恐れ多い望みだとしても。
求める唯一が現れない。
だから早く、この場から前線に向かいたい。
貴方の姿を見たい。
貴方の命令を受けたい。
貴方に、必要とされたい。
斎藤が握る拳が小刻みに震えている。
感情を表に出さない斎藤を知っているから、それを見せる程に限界が近い事もわかる。
そして何故、そんな斎藤を復帰させないのかも感じ取るのは容易だった。
「……斎藤、安静ってのは体だけじゃねぇ。心も休めろって事だ。今のお前を見てたら俺でも隊務には戻さねぇぞ。」
原田の突然の言葉に斎藤は顔を跳ね上げて原田に視線を向ける。
厳しい眼光で睨みつけた。
「……どういう意味だ?俺の腕が以前より落ちたとでも言いたいのか?俺には隊務を全うする力が無いとでも?」
「そうじゃねぇよ!」
自分の苛立った言葉を遮るように荒げた声の原田が身を乗り出して叫んだ。
自分を睨みつける眼差しが幾分かの憂いを含んでいて、二の句が出なくなる。
「今俺が土方さんに仕事を任せられるのはなんでだかわかるか?俺は自分の為に、新選組の為に動くからだ。新八も平助も総司だってそうだろう。俺達とお前の違いがわかるか!?」
元々気性の荒い、喧嘩っ早い原田は怒鳴りながら畳を拳で打ち付ける。
斎藤に苛立っているわけでは無い。
心配だから、わかって欲しいからこその叱咤なのだ。
「……俺だって同じだ。自分の為、組の為に働きたい。それの何が違うと言うのだ?」
声を荒げはしないものの、怒りに似た感情があらわになっている斎藤の言葉に原田は舌打ちをする。
一度呼吸を整えて、斎藤をまっすぐに見据えた。