・短・ 

□*紫紺の瞳*
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頭がいい男は嫌いでは無い。


面構えの綺麗な男は嫌いでは無い。

自尊心の強い男は嫌いでは無い。


だが、もっと好きなものがある。


頭がいい男の言葉を捩じ伏せる事。


綺麗な面構えを苦痛に歪ませる事。


その強い自尊心を打ち砕く事。



だから楽しくて仕方が無いのだ。

土方という男と遊んでやるのが。




「芹沢さん!!」



今日も得てして同じ毎日の繰り返し。自分の足は島原へと向かい、土方はその後を厳しい形相で追い掛けて来る。

この男に追い掛けられる人間などきっと少ないのだろう。
その男が自分の背中を必死に追い掛けてくる様は、何故か気分が良い。



「……ッチ、なんだ。」



足を止めて振り返れば、怒りを表わにした顔の土方が少し距離を置いた場所から自分を睨みつけてくる。

白い肌に光る紫紺の双眼が自分を鋭く捉えている。



ーー綺麗な顔が台なしだな。



そう心にも無い言葉を胸の奥で反復させながら、芹沢はニタリと笑った。



「あんたまた島原へ行くのか。給金も出てねぇこの状況下で、ちったぁ控えちゃもらえねぇのか。」


毎度毎度呼び止めては同じ台詞。
聞き飽きたと言いたい所だが、きっとこの男は言い飽きたと思っているのだろう。

じれったいというかもどかしいような空気の苛立ちをひしひしと感じる。



「貴様らの給金など俺には関係の無い事だ。俺は俺の金で島原に行く。それの何に問題があるというのだ?」


「あんたの金じゃねぇ!そりゃ俺達壬生浪士組の名を元に京の人達に借りた金だろうが!あんたが作った借金は俺達の借金なんだよ!」



これだけの怒りの中にあっても弁は立つ。錯乱しないだけの度胸と自信があるからだろう。

言い負かせると、毎回信じている。



ーー頭が良いな、お前は。



不敵な笑みを浮かべながら芹沢は鉄扇を揺らし、見定めるように土方を見つめた。



「だからこうして壬生浪士組の為に島原で情報収拾を局長自らが行っているのでは無いか。それとも金が無いからと、屋敷から出ずにただ日々を過ごしておれば金が入ってくるとでも思っておるのか?」


「……っ、だから近藤さんが何度も掛け合いに出向いているんだろう!金も無いのにあんたが遊び歩いて暴れてたのでは得られるもんも得られ無くなっちまうんだよ!」


「その掛け合いにどれだけの成果が出たのだ?何の成果も得られん話合いなどただの時間の無駄だ。与えられるのを待つのでは無く、自らで手柄を上げようと動けんようではただの腰抜けだ。」


「……なんだと……?」



自分の言葉に、目の前の男は悔しそうに唇を噛み締めている。
綺麗な桜色の唇が噛みちぎられるのでは無いかと思う程だ。


悔しそうにはしているが、自分の発言も己の発言も誤りでは無いから二の句が出せないでいる。

実際、掛け合いに成果が無く苛立っているのは土方自信なのだから。



見ていて飽きない。

遊んでやっていて飽きない。


この場所に居て唯一、自分を楽しませてくれる人間だ。



「……せめて、島原へ行く回数を減らしちゃくれねぇか。局長のあんただけがこう毎晩じゃ、我慢してる他の奴らに面目も立たねぇ。」



頭がいいから理解も早い。


言い負かせられないのなら、なんとか譲歩策を講じようとする。

己が抱えているものが己だけでは無いと知っているから、なんとか改善策を見出だそうとしている。


自分だけの為ならばきっと何をも必要無いと投げ出せる男だ。

だが、自分の為では無いからこそなりふり構わず必死になれる男なのだろう。



ーーお前は青いな、土方。



自己犠牲の精神など仮のものだ。

結局、人間は己の為にしか動けないのだから。


それでもお前が近藤やこの壬生浪士組の為に全てを捧げるというのなら。



ーーその覚悟、試してみるか?



 
 
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