・短・
□*その一票*
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いつも騒がしい校内の様子は、高校生の若さからすれば日常の光景なのだが、今日ばかりは生徒も教師もそわそわしていて、異様な興奮に包まれている。
それの理由を知らないのは教師のごく一部だけで、他は皆この興奮の理由を知っていてやたらと楽しそうにしている。
そんな中、校内のざわめきなど目もくれず、文系の教師が使える準備室に一人篭る土方は、今日のイベントを知らないごく一部の教師に含まれる。
敢えて隠されているわけでは無く、本人自体が興味が無いから知らないのだ。
そんな土方の元に、足取りの軽い訪問者がやって来た。
「あ、居た居た。土方さん、こんな所にひとりぼっちで何してるんです?」
ノックも無しに準備室の扉を開けて呆れ声で話し掛けてくる生徒、沖田総司が承諾も無しに部屋へと入って来た。
「見りゃわかんだろ。仕事してんだよ。勝手に入って来るんじゃねぇ。」
自分の後ろに立ち、覗き込んでくる沖田の顔を手の平で引きはがしながら土方は鬱陶しそうにぼやく。
手元にはテストのプリントが大量に積み上がっていて、採点中だと一目でわかる。
「つまんない人だなぁ、今日は折角のイベントなのに興味無しですか。」
「イベントだぁ?んなもんあったか?」
最初から土方の抗議の声など聞く気は無い沖田は、隣の机から勝手に椅子を引き寄せて土方の隣に腰を下ろす。
自分の肩に顎を乗せてニヤリと笑う沖田を、土方は面倒臭そうな顔で睨みつけた。
「そうですよ。年に一度のミスコンの発表日です。」
沖田は企みを含めた微笑みで指に挟んだ紙をチラつかせながら言った。
校内の興奮はこれが理由だ。
薄桜学園のマドンナが決まる日。
前日から今日の午前中までに新聞部の部室前にある投票箱に投票したい人物の名前を書き、午後には号外としてミスコンの結果が発表される。
男共は好みの女子生徒並びに女性教師を選んで投票する。
女子生徒からすれば、自分が選ばれるかもしれないという期待を持った態度で校内をうろつき、票稼ぎをしようと張り切った化粧や髪型で来ている者もいる。
すなわち、この学校内で人気がある女性は誰かというNo.1が決まる日。
いつもよりも騒がしいのは選ぶ男も選ばれる女も同じだった。
「そんなもん知らねぇよ。ったく、相変わらずくだらねぇ事だけには熱心なガキ共だ。」
「その様子じゃ土方さん投票して無いんですね?」
「するか馬鹿。誰が一位だろうと知ったこっちゃねぇんだよ。」
沖田がチラつかせている紙が、その噂の投票用紙である事に漸く気付いた土方は壮大なため息を吐いた。
どうりで今日は朝も授業中も生徒達に落ち着きがなかったわけだ。
自分には微塵も興味の無い話でも、該当する奴らが浮足立つ気持ちはわからないでも無い。
呆れ顔で煙草を口に挟む土方の横顔を見つめながら沖田はふふっと笑い声をたてた。
「ね、土方さんは誰がミス薄桜に選ばれると思います?」
煙草に赤い火をつけて煙を吐き出す土方に問い掛ける。
土方は沖田を横目で一瞥すると、肩にあるその顔を邪魔そうに押しのけた。
「興味ねぇって言ってんだろ。」
うんざりした表情の土方は、採点する気の失せたプリント達を無造作に机の隅に追いやって、広くなった机に頬杖をついた。
どうせ沖田が邪魔をしに来ている間は仕事がはかどらないのは承知の事実で、実際急ぎの仕事でも無いからやる気も失せて来た。
「僕の予想だと千鶴ちゃんが選ばれるんじゃないかなぁって思ってるんですよね。」
「あぁ、雪村か。素行も悪かねぇしいいんじゃねぇか?」
沖田の口から出てきた名前に土方は少し乗り気な反応を見せる。
少なからず好印象の生徒の名前が上がれば無駄な会話でも少しは興味が出てくるというもの。
自分を馬鹿にしたり、からかってばかりのいつもの沖田との言い合いよりは、遥かに体力も気力も奪われなくて済むからだ。
土方の反応に、沖田は紙を机に滑らせてニヤリと笑った。