・短・
□*初夢*
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一富士、二鷹、三茄子。
初夢に見ると縁起が良いとされている物。
でも、そんなの見たいとは思わない。
だって思い入れもゆかりも無いから。
どうせなら大好きな貴方の夢を見たい。
きっと、幸せな一年になる。
ずっと貴方の傍に居られるようにと願う。
その答えが貴方の微笑みでありますように。
「土方さん、初夢見ました?」
人も疎らな1月3日の夕方近く。
漸く会う事が出来た土方と沖田は遅めの初詣に来ている。
余り人目につきたく無いという土方の意見に従って、こんな暗がりの時間帯に出店も無い殺風景な神社へと来ているのだ。
黒いコートの襟を立てて、頬まで包む土方の横顔に沖田は笑顔で問い掛ける。
「初夢?あぁ……そういや、近藤さんが餅を喉に詰まらせて大騒ぎになった夢見た気がするな。」
「それって夢じゃなくて、昔の思い出じゃ無いですか?」
「ふっ、確かにな。」
土方のはにかんだ笑顔を見て、沖田も楽しそうに笑った。
問いかけたものの、実際自分も初夢なんていいものを見た記憶は無い。
じゃあ何を見た事があるかと聞かれても、正直何も覚えていない。
今年の初夢だって例外では無い。
薄っすらとぼやけた記憶の中で、土方が出て来たような気もするが、それも定かでは無いし逆に願望だった気もする。
「一富士、二鷹、三茄子。なんて言うが、出た試しがねぇよな。」
白い息と煙を絶え間無く吐き出しながら、土方は苦笑いを浮かべてそうぼやく。
冷たい冷気に晒された黒髪に水蒸気の粒が光っていて、漏れる街灯が照らす度にキラキラと輝いている。
初夢に出てきた土方もなんだかキラキラしてた気がする。
「そんなの夢に出て来ても全然嬉しくないですよ。茄子の夢見て縁起がいい、なんて変な話じゃないですか。」
沖田は冷たくなった指先を擦り合わせて息を吹き掛ける。
体内から出される湿った温度の空気を繰り返し当てれば、少しだけ血が通った気がする。
土方は手袋をした手で、吸いかけの煙草を携帯灰皿へと捨てた。
「まぁそうだが、昔から縁起がいいって言われてるだろ?一度どんなもんか見てみたくなるじゃねぇか。」
「ホント、土方さんて昔からの謂われとか気にしますよね。じゃあ枕の下に富士山と鷹と茄子の絵でも置いたらどうです?」
「お前だって同じような事言ってるだろうが。」
呆れた顔で沖田を見ている土方が何かに気付いたように目を止める。
視線の先は沖田の手。
先程から何度も指先に息をかけている。
「ん?なんです?」
その視線に気付いた沖田が不思議そうに土方の顔を覗き込んだ。
「……ったく、素手でなんか来るからだ。」
「え?」
土方は小さく呟くと、自分の左手につけていた手袋を外して沖田に差し出す。
沖田は驚いた顔をして土方を見た。
「俺も寒いんだから片手だけな。もう片方はポケットにでも突っ込んどけ。」
両方の手袋を差し出せば、いらないと遠慮する沖田の事をわかっている土方は、片方だけの手袋を渡した。
沖田は寒さと嬉しさと両方の理由からなる紅い頬を緩めて微笑んだ。
「じゃあもう片方は僕と手を繋いでください。その方がずっと温かいでしょ?」
言いながら沖田は手袋をしていない土方の左手を掴み、自分のダウンコートのポケットに一緒に入れる。
こうなるだろうと僅かに予想していた土方は、照れ臭そうに笑いながらもその手を振り払う事無く、並んで歩いた。