・短・ 

□*欲求*
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欲求とは。


欲して、求めるもの。




貴方が欲しい。


そう想う自分の欲望は日増しに強くなって行く。


ただ、貴方の何が欲しいのかはわからない。


心なのか。


体なのか。


両方なのか。



貴方を欲しいと想う欲望は湧き出ては覆い隠しての繰り返し。


だが、自分の思い通りにしたいなどという征服欲とは違う。



貴方を欲しいと想う。


でもそれ以上にきっと求められたい。



お前が必要だと。


お前に傍に居て欲しいと。



貴方に求めてもらいたい。



それが隊務における信頼だけでも構わない。


そう本気で想っているのに邪念は簡単に心を蝕んで行く。




あの髪に触れたい。


あの肌に触れたい。



精神論だけでは済まされない事実。


これを押し殺すのは容易では無い。




これが欲望の本来の姿。


醜い欲望は俺の中に確かに存在しているのだ。








「副長。斎藤です。」




副長室の前の廊下に立て膝をついて静かに入室許可の伺いを立てる。


今日の隊務についての指示を仰ぐ為、組長である斎藤は土方の自室を訪れた。



小鳥が屯所の庭を跳ねて遊ぶ穏やかな日和。


自分の声は些か小さめであるとしても聞こえなかったはずは無いだろうが。




「……副長、おられますか。斎藤です。」




今日に限ってはいつもすぐに返ってくる了承の声が無い。



斎藤は眉を寄せた。



土方が自室に居るという事は確認済みで、間違いない。


確かに部屋の中に主が居る雰囲気は察せるのだが、肝心の返事が返って来ない。




まさか。




斎藤の脳裏に嫌なものが走る。


殺伐とした空気は感じないものの、返事が出来ない状態なのかもしれない。


昼飯にも顔を出さなかった土方。

体調でも悪いのかもしれないという不安が頭を掠める。




「……副長、失礼します。」




いつもなら絶対に承諾を得るまで開ける事はしない部屋の襖に静かに手をかけ、ゆっくりと横へ滑らせる。


木漏れ日の助けを借りて室内が明るさを増して行く。


斎藤の目に映った部屋の主の姿はある意味悪い予想を裏切った。




「………。」




土方は座布団を枕にして仰向けに寝転がり、目を閉じていた。


眠っているという表現の方が正しいのだろうが、そう言い表すのは少し違和感があった。



こんな姿を見たい事が無いからだ。



いつも神経を尖らせ誰かの気配や空気にさえ気付くこの人が無防備に昼寝をしているなど、ありえなかった。


ましてや三度の呼び掛けも耳に入らない程寝入っているなんて。


自分以外の他人が部屋に入っているのにも気付かないなんて。



どうにも考えられ無かった。



戸惑いを覚えた胸を落ち着かせて静かに襖をしめる。


日の光りを遮った部屋は先程の明るさが嘘のように闇を落とす。




その時に胸が騒いだのは。



確かな、醜い欲望。




 
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