・短・ 

□*狡い男*
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秘密を知る。


秘密を共有する。


それだけで何故か特別な存在になったような気がしてしまう。


それが恋だ、愛だなどと宣うつもりは無いが悪い気はしない。



誰だって特別な存在になりたいという願望はあるものだ。


しかもそれが嫌いな相手でなければ尚更だ。



だから悪くないと思う。



こんな特別な在り方も。








丑三つ時。


虫も息を潜める真夜中の静かな月夜に微かな物音を耳にした。




ーー……なんだ……?




普段ならこんな僅かな物音ぐらいで絶対に目覚めたりはしない神経の図太さは自負している自分だが。

今日に限っては、何故か目が覚めた。


しかもぼんやりでは無く、はっきりと。



自分を不思議に思いながら原田は布団から身を起こし、物音がした庭の方へ視線を向けた。


殺気や嫌な雰囲気は感じない。


なのに、妙に気になった。


胸騒ぎとはまた違う、なんとも言えない感覚。



例えば聞こえない声がしたような。


心の叫びが漏れ聞こえたような。



布団からはい出ると寝間着を脱ぎ捨て、簡単に身支度を整える。

殺伐とした雰囲気は無いが用心の為に長槍を右手に握り込む。



物音は聞こえないものの、微かに感じる気配を察してそろりと障子を開いた。



自室から見える庭の景色は月明かりに照らされている範囲ではいつもと変わらない。


動く物影も見当たらない。



だが、感じる。



人の気配には間違いないが敵では無いようだ。




ーーこんな時間に誰だ?




巡察組だとしても遅すぎるし、隊士だとしたら静か過ぎる。


しかも必死に気配を殺しているような空気も感じる。




どうにも気になった原田は部屋を後にし、長槍を肩に担ぎながら庭を歩き始めた。


小さな虫の声と風の音。



それらしき物音も人影も無いまま歩き続ける。



思い過ごしならそれに越した事は無い。



とりあえず屯所内を一周したら部屋に戻るかと、原田が肩の力を抜いた瞬間。




「……ぅっ………!」



「……!」




自分が向かう先。


まだ闇にしか見えない暗がりの井戸の方から男の苦しげなうめき声が耳に響いた。



原田は槍を右手に持ち直し、音を出さないように早足で井戸へと向かった。



 
 
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