・ 企画小話 ・

□□文□
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「副長、お呼びですか」

「斎藤か、入れ」


土方に呼び出された斎藤が入室伺いとともに顔を覗かせた。

珍しく開け放たれた土方の部屋の畳には、長い文が広げられている。
部屋に足を踏み入れるのが憚られるような状態に、斎藤は困ったように顔を曇らせた。


「副長。これは一体……」


字の癖を見ても、これは土方が書いたものだとわかる。
斎藤の問いに土方は照れ臭そうに微笑んだ。


「これは俺がずっと世話になってる人宛てに新年の挨拶がてらに書いてる文なんだが、いろいろ思い出して書いてるうちに長くなりすぎちまって、どうしたもんかと思ってな。」

「……成る程」

「思い出話なんざ女みてぇだから止せと思いつつ、世話になった事や互いの笑い話なんかも頭に浮かんでみれば書き認めてを繰り返してな、その度に長くなっちまって結局この様だ。」

「……はい」

「何処を切ろうかと読み返してみれば、また違う事を思い出して……とまぁ、こんな具合で纏まらねぇ。なんかいい方法は無ぇもんか、お前に助言を貰おうと思ってな。」

「……はい」


困ったとは言いつつ楽しそうに話す土方とは対照的に、畳に広がる長い文を見つめている斎藤の表情は何処か寂しげに見える。

敷居を跨いだ程度の部屋の隅に正座をした斎藤が両手で文を掬い上げた。


「どうかしたか、斎藤?」


心配そうに斎藤の顔を覗き込む土方。
その気遣いの言葉に、斎藤は優しく微笑んだ。


「羨ましいと、思ったのです」

「……は?」


両手に持つ文に落としていた視線を土方の方に向ける。

不思議そうな顔をしてこちらを見ている土方の表情に、斎藤は薄く微笑む。


「書き切れない程の思い出を作ってきた時間も、それを思い出して楽しむ時間も。貴方とその方が築き上げたその関係が羨ましいと思ったのです」


その思い出を巡らせている時間。
それは何処に居たとしても、その思い出の主のものだ。


この長い文を書いている時間、この相手は土方を独占していた事になる。


それも、羨ましい。


斎藤の言葉に、土方は困ったように笑った。



「確かに、お前との思い出を書き連ねて文にするなんざ一生ねぇだろうな」



土方の言葉に、斎藤の表情が一瞬曇る。

だが、そんな心配は不要だとばかりに土方が優しく微笑みかけた。



「だってお前はずっと俺の傍に居るだろ」



土方のその一言に斉藤は、目を見開き驚きの表情になる。

そして、穏やかな微笑みを浮かべた。



「貴方が望んでくださる限り、伴にある事を誓います」



斉藤の凛とした誓いの言葉に、土方は満足そうに微笑んだ。



「だから、ずっと。だろ?」


「ありがとうございます」



互いに見つめ合い、穏やかな微笑みを浮かべるこの空間がある今、何にも引け目など感じる必要は無かった。


今も未来も、そこにいつも伴にあると誓うからこそ自分の耳で眼で、貴方の事を記憶していきたい。


全てを独占出来なくてもいい。


ただ、どんな時でも自分は貴方を想っている。


それだけは、覚えていて欲しい。



「愛しています。土方さん」



これからの時間も貴方と伴に。



ずっと、傍に。












20120106





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