・ 企画小話 ・
□□譲れないもの□
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男には競い合う本能がある。
それが譲れないものならば尚の事。
朝日も眩しい快晴の空に、気合いの篭った掛け声が響く。
汗を流し稽古に励んでいるのは、つい最近入隊した新入隊士達。
素振りをする者や試合形式で実践稽古をする者など、様々入り乱れて熱の入った稽古模様だ。
それを指導するのは斎藤一。
穏やかな風貌とは似つかない激を飛ばしたり、見本を見せたりと指導する姿は真剣そのものだ。
「随分、気合い入ってるな。」
そこに姿を現したのは、『新選組鬼副長』土方歳三。
別名、斎藤の最愛の恋人だ。
新入隊士の稽古を副長自らが見学に来るなど珍しい事態に、新入隊士達は怯えにも似た緊張感を持って、土方に一斉に礼をする。
その群れから一歩、歩み出した斎藤も軽く頭を下げてから土方にゆっくりと近付いた。
「お疲れ様です。副長、どうかされましたか。」
「おぅ、ご苦労。特にどうってわけじゃ無ぇんだが、新しい隊士達の腕前とやらを拝見しとくかと思ってな。」
「成る程。副長の目に叶う者がおるかわかりませんが、御高覧ください。」
土方の申し出に微笑むと、斎藤は更に熱の篭った厳しい眼差しを隊士達に向ける。
これを好機と捉えれば出世の道が近付く隊士達も、副長の前で気の抜けた稽古など見せるわけにはいかないと、全員の動きに鋭さが増して行く。
土方はその姿達を見つめながら、嬉しそうに微笑んだ。
「副長、こちらにいらっしゃいましたか。」
腕組みをして隊士達を見ていた土方の背中から、足音の無い静かな声が掛けられる。
その声に振り向くと、いつの間にか山崎が土方の後ろに立っていた。
「おぅ、なんだ。急ぎの用事でも入ったか?」
土方に微笑みかけられた山崎は、同じように薄く笑うと頭を左右に振った。
「いえ、届け物の完了報告に上がった次第です。」
「そうか。ご苦労だったな。」
今日はこれといって急ぐ仕事も無く、たまには羽を伸ばしてこいと近藤に屯所を追い出された土方にとって、仕事に戻る理由になる用事を山崎が持って来なかったのは良いか悪いか少し複雑な心境だった。
だが、たまにはこんな風にゆっくり過ごすのも悪く無いなと思う。
「熱が入ってますね、斎藤さん。」
土方が見つめる視線の先にある人物に視線を向けて、山崎は感心したように言葉を漏らす。
隊士達の指導に関して幹部の中でも、一番真剣に取り組んでいるであろう斎藤の姿は見ている側からしても誇らしささえ感じる。
山崎の言葉に土方は頷いた。
「あいつはよくやってくれてる。型に嵌まった道場稽古しかやって来ていない石頭達を斬り合いに使える人材にするのは骨がいる。あいつは、それを理解した上で根気良く指導しているからな。」
「はい。斎藤さん以外の幹部の皆さんはどうにも手間のかかる新人の育成を投げ出しがちですから、これまでの隊士達の成長は斎藤さんの指導あってこそだと思います。」
「あぁ。本当にそう思う。」
二人が褒め讃える声など聞こえていないだろうが、いつもと変わり無く誠心誠意隊務に尽くす斎藤の姿を見つめて二人は満足げに微笑んだ。
「……別に普通じゃない?僕だってちゃんとやってますけど?」
そこに不満そうな否定の声が投げられて、二人は声がした方に振り向く。
自分達のすぐ右隣りの石段に腰掛けている沖田が、随分と不満そうな表情で二人と同じ人物を視界に捉えていた。
いつからそこに居たのか、二人が斎藤を褒め讃えていたのがどうにも気に入らなかったようだ。
沖田は石段からひらりと飛び降りると、斎藤の元につかつかと歩み寄って行った。