・ 企画小話 ・
□□バカが愛情に変わる時□
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言葉に含まれる意味は、使う相手や含まれる感情で変わってしまう。
そこに現れる無意識な声色の変化や表情で、それがどういう意味を為すのかを感じ取れてしまう自分が居る。
それ位、見つめている。
それ位、貴方を見つめている。
どんな貴方も見逃さない。
だからこそ、怖い。
「総司ぃ!!てめぇ今日という今日は許さ無ぇぞ!!」
下校時刻を迎えた校舎の渡り廊下に土方の怒鳴り声が響く。
さっさと帰ろうと、鞄を肩に担いで廊下を歩く沖田の背中に激しい怒号を飛ばしていた。
「はぁ?何ですかぁ薮から棒に。」
「しらばっくれるんじゃ無ぇ!俺の車にくだらねぇ落書きしやがったのはてめぇだろう!」
「あ、あれですか?上手だったでしょ?僕、画家目指してて一度でいいから大きいキャンバスに作品を書いてみたかったんですよね。」
「嘘をつけぇ!!あんなの嫌がらせ以外の何物でも無ぇだろうがっ!今すぐ消せバカ野郎!!」
「もぅ煩いなぁ…土方さんの愛想の無い車をオシャレにしてあげただけなのに。」
「先生と言え!あのふざけた似顔絵の何処がオシャレだクソガキ!!」
「あ、今日塾があるんだった。早く帰らしなくちゃ、さようなら土方せんせぇー。」
「ちょ、待てぇ!総司!!てめぇ塾なんか行って無ぇだろうが!!」
ひとしきり言い合いをしたが、土方からの叱りなど気にも留めない沖田は、涼しい顔で平然と嘘をついて走り去って行く。
土方は肩を怒らせてその背中を睨みつけた。
「くそっ……逃げ足だけは早ぇな…!」
もう沖田の姿が見えなくなった昇降口を恨めしそうに睨みつけて、土方は悔しげに唸る。
いつもこんな調子で逃げられるのだ。
幸い、車に落書きされたのは油性ではなさそうだから丁寧に拭けば落ちるだろう。
だが、車体からフロントから至る所に抜かり無く描かれてしまった落書きを一人で落とすのは骨が入る。
これからやらなければならない仕事量と落書き処理を思い描いて、土方はげんなりとため息を吐き出した。
「土方先生。」
諦めに似た表情で煙草を口にくわえると、背中から声を掛けられる。
「おぅ、斎藤。」
自分に声を掛けて来たのは、風紀委員であり、それ以上にいろいろと自分を補佐してくれている斎藤一だった。
いつも綺麗に整えられた身なりに涼しい表情の斎藤は、教師の目から見て安心出来る生徒であり、ホッとする。
何処かのバカと違って。
「どうした。俺に何か用事か?」
「……いえ、怒鳴り声がしたもので、何かあったのではと。」
生徒へのせめてもの配慮で昇降口に向けて煙草の煙を吐き出す。
斎藤の言葉に、土方は苦笑いを浮かべた。
「騒いじまってすまねぇ。総司のバカ野郎がまたくだらねぇ悪戯しやがってな。ったく、頭痛ぇよ。」
言いながら土方は額に手をあてて、深いため息を吐き出す。
斎藤はそんな土方を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「内容はあらかた聞こえました。俺でよければ総司の落書きの処理、お手伝い致します。」
「……お前が?いや、そんなのはお前の仕事じゃ無ぇ。気にするな。」
斎藤の申し出に土方は首を横に振った。
いつも目配り、気配りをしてくれる気が回る生徒とはいえ、いくらなんでもそんな事までさせるわけには行かない。
「俺の事はお気になさらず。手も空いております故、お手伝い致します。それに、お一人では幾分、難しい作業だと思います。」
「……まぁ、そう、なんだけどよ。」
斎藤の申し出は非常に有り難いというのが実状で、落書きの処理以上に済まさなければならない仕事も山のようにある。
自分に気を負わせないようにと、穏やかに微笑む斎藤の優しさに土方は目を細めた。
「なら、頼んでも構わ無ぇか?いつもすまねぇな。」
「いえ、土方先生が詫びる必要など何一つありません。俺がそうしたいのです。」
「ありがとうよ、助かる。」
土方の御礼の言葉に、斎藤はゆっくりと頷く。
「はい。」
その微笑みと労いの言葉だけで充分だと。
斎藤は嬉しそうに微笑んだ。