・ 企画小話 ・
□□巣喰う者□
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どいつもこいつも、目障りだ。
何から何まで、耳障りだ。
『百姓風情が』
あぁ、だから何が悪い。
当たり前に持っている奴よりも、欲しくて仕方ない奴の方がその思いが強い事を知ってるか?
さも、自分達が高貴な存在であるかのように、腕も能も無いくせに偉そうに振る舞う仕種も気に入らない。
あぁ、気に入らない。
全て目障りで耳障りだ。
そんなに『血』が大事か?
脳裏を掠める金色に光る髪と、銀色に輝く剣。
ーーお前もそう、なんだろ?
ーークソ野郎……。
怪しげな月明かりが差し込む部屋の畳には幾つもの徳利が転がり、何故か虚しさを感じさせる風景を作り出している。
着物を割って投げ出す足も、多くの影に染められてその肌を無防備に犯していた。
その部屋の入口に人影が差し掛かり、ゆらりと襖が開かれる。
部屋にある命の通った物体はそれに微塵も動きを見せないから、入室した人物が先に動きを見せた。
「……飲み過ぎです、風間。」
畳に放り出されている徳利を拾い上げ、無表情のまま天霧はぼそりと苦言を呈す。
名前を呼ばれても尚、部屋の主はこちらに視線を向けようともしない。
ただ、夜空の月を射殺しそうな眼差しで睨みつけている。
「何をそんなに荒れているのですか?思惑通りに事は運んでいるでしょう。」
掬い上げた徳利は音も無く机の上に置かれる。
計算された距離を保ちながら天霧は風間の横顔を見つめた。
ーーあれから。
ーー何に捕われている?
「……月は何故、空に在るのだと思う。」
障子を開け放ち、窓枠に腰掛ける風間が不意に独り言のように言葉を投げてくる。
月明かりに照らされる金の髪は透けるような色を映す。
なのにその表情には何処か卑下しているような暗いものも感じられて、天霧は眉を寄せた。
「私にはわかりません。それの存在理由に疑問など無い。」
感情の無い淡々とした天霧の業務的な口ぶりに、風間は唇の端を歪めて笑った。
「その通りだ。何故か、などと考える事は無駄なのだ。」
漸くこちらを振り向いた風間の横顔は、半分が闇に隠れ半分が怪しい光りに包まれていた。
ーー危うい、光と影。
「そのように在るから、在るだけだ。望んだものでも無い。」
冷めたような声色で呟く言葉は自嘲気味に聞こえて、益々顔が渋くなる。
理由がわからないようでいて、その理由になりそうな姿も頭にはチラつく。
だが、どちらが正解か。
それが自分にはわからない。
「では何故、そんな事を思うのですか。」
頬を叩く風のような冷たい言葉が天霧から齎される。
その無表情を貼付けたような天霧の冷めた眼差しに、風間はククッと喉を鳴らして笑った。
月明かりが雲に差し掛かり、風間を包む光は、影を多く含む。
「……何故と問うのは無駄だと、口にしたお前が言うな。」
ーー立ち入るな。
そう言われた気がした。
実際、自分にとってはどうでもいい事なのだ。
ただ、それのせいで風間に勝手な行動が増えたり薩摩との約束を違えたりするような事は、有ってはならないと思うだけ。
だから未然に防ぎたいのは風間の為でも何でも無く、自分の為だ。
ーー『鬼』の一族の為。
「目の前の物に想いを馳せるのは構いませんが、姿無き者に想いを馳せる事は関心しませんぞ。」
天霧の抽象的な物言いに、風間の表情が変わった。
皮肉った笑みを浮かべた表情から、微かに焦りと苛立ちを含んだ表情へと変化する。
そこに現れる感情は、やはり関心出来ない。
「……目障りだ、下がれ。」
ゆったりと言葉を紡ぐ割には、苛立ちが明解な風間の声は、幾度と無く聞いてきたもの。
ただ、それがどちらの理由からなのかまでは、自分にはわからない。
ーー鬼の血を持つ、雪村千鶴。
ーーそれとも……。
「……魅入られ過ぎぬように。」
それは月か、はたまた姿無き者か。
目の前に居ない者の姿を月に例えて想うなど、捕われている証拠だ。
脳内を心を、巣喰う者。
黒く光る艶やかな長い髪。
鋭く妖しく光る眼差しは、狂気。
風間と刃を交えて尚、輝いた。
あの、ただの人間。
ーー捕われているのは。
ーーどちらなのか。
返事の返らない風間に背中を向けて、音も無く部屋を後にする。
静まり返る部屋には、無音の空気が重くのしかかる。
「……魅入られるな、だと……?」
風間の小さい苦笑混じりの声だけが、寂しく響いた。