・ 企画小話 ・
□□嫉妬□
1ページ/5ページ
「あれ?一君?」
「総司。」
珍しくすっきりと目が覚めた沖田が、なんとなく気が向いて早朝の道場に足を踏み入れてみると、先約である斎藤が一人で稽古をしていた。
「あんたが早朝の稽古など珍しいな。」
ひとしきり汗をかいたらしい斎藤は額に光る汗を拭いながら微笑んだ。
斎藤の言葉に、沖田は手にしている木刀に視線を落として笑った。
「夢見がよくてさ。なんだか気分がいいから稽古でもしようかなって思ってね。」
「そうか、いい心掛けだな。」
「土方さんの俳句があまりにも酷くてね、皆で大笑いしてる夢だったんだよ。」
「……あんたは夢の中までも副長に失礼を働くのだな。」
本当に嬉しそうに話す沖田の顔を見て、斎藤は呆れ顔になる。
現実でも夢でも無礼を働くのであれば、夢の中だけにして欲しいものだと、斎藤は叶わない願いを心の中で呟いた。
「ねぇ、一君。折角だし手合わせしない?最近、試合なんかして無いから久しぶりに一君とやりたいな。」
手に持つ木刀をゆったりと揺らして、沖田は斎藤に問い掛ける。
血生臭い斬り合いばかりの昨今も嫌では無いが、弱い人間をいくら斬ってもつまらない。
たまには全力で挑める強豪と会して、自分の腕を試したくなるものだ。
自分がどれだけ強くなったかを。
確認し、確信したくなる。
沖田の誘いに斎藤も微笑む。
「いいだろう。俺もあんたと真剣勝負をしたいと思っていた。」
それは斎藤も同じだったらしい。
不敵に笑う二人はゆっくりと間合いを計るように木刀を持ち上げて向かい合う。
「いくよ。」
早朝の凜とした道場の空間に、激しい打ち合いの音がいつまでも響いていた。
起床時間になり、殆どの隊士が朝食に向かう廊下を土方もゆっくりと歩いていた。
朝の清々しい空気に触れると、部屋に篭りきりだった湿った気分が引き締まるようで気分がいい。
そしてふと、庭に視線を送ると井戸の方から歩いてくる斎藤と沖田の姿を目にした。
二人が一緒に居る姿などいつもの事なのだから気にする必要も無いのに、今日ばかりはやたらと目についた。
「あ、土方さんおはようございます。」
「副長、おはようございます。」
廊下で立ち止まり二人を見ていた自分に気付いたらしく、沖田と斎藤が晴れやかな表情でこちらに挨拶をしてくる。
「あぁ、おはよう。」
何故か僅かに動揺する自分を抑えて返事を返す。
二人は挨拶だけすると、話ながら朝食を取る広間へと歩いて行ってしまった。
ーー気のせいか?
なんだかあの二人が随分と楽しげだったように思えた。
しかもこんな規則正しい時間に斎藤はまだしも、沖田までがきっちり起きているのがあまりにも珍しい。
決定的なものがあるわけでは無いのに、何か僅かずつの違和感を感じてしまう自分に首を傾げる。
自分がそう思うのは、斎藤を部屋に呼ばなくなってしまっている負い目が影響しているのだろうか。
今の自分は片付けなければならない仕事が山積みで、食う時間、寝る時間があるなら文の整理に費やしたいと思う程だ。
それにつけて毎日増える急ぎの仕事に追われ、正直休む暇など無い。
そんな自分の状況を加味して、数日前に斎藤が申し出て来た。
『今は仕事に専念してください。俺との時間は仕事が片付いてからいつでも取れます。』
そんな時間が『いつでも』取れない自分の状態を知って尚、自分への配慮でそう言ってくれた斎藤の言葉は正直有り難かった。
自分の仕事の遅れは組全体を揺るがす事態に陥る。
それを自分が一番恐れている事をあいつは知っているからだ。
『無理をし過ぎず、必要とあらばいつでも俺を呼んでください。』
そう言って優しく微笑む斎藤の目には我慢も偽りも映っていなかったから自分は安心していた。
ーー気にする事無ぇか。
斎藤と自分の間に結ばれている、深い絆。
それを大切にしているからだ。