・ 企画小話 ・
□□この声が届くなら□
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貴方が一人の時。
貴方が誰かと居る時。
頭の片隅だけにでも、そこに俺は居ますか?
貴方が苦しい時。
貴方が辛い時。
頭の片隅に思い浮かべる人間は、俺ですか?
いつも貴方を想う。
いつも貴方は俺の中に生きている。
貴方の中には。
俺は、居ますか?
夕暮れも近付く空には重い曇天が広がり、朱と黒が混ざった怪しげな空が地上を包んでいる。
何処か不安な気分を煽るような生暖かい風が吹き抜けていた。
「……嵐になるな……。」
曇天を睨みながら、山道を歩く足取りは微かに早まっている。
闇が全てを覆う前に屯所に戻らなければと、土方は一人きりの帰路を足早に進んでいた。
書状を受け取りに行くだけだからと周りの反対を押し切り、一人で出掛けた手前、そんな時に何かあったのでは近藤さんに顔向けが出来ない。
『だから言ったじゃないですか』なんて、沖田には馬鹿にされるだろう。
運が悪いな、と感じる時はいろんな歯車が狂うきっかけでもある。
懐にしまった書状の無事を確認するように、土方は自分の胸に指をあてた。
ザワザワと騒ぎ出す木々を揺らすのは生暖かい風。
それに混じって僅かな湿気の粒が自分の頬を数滴濡らした。
「こりゃまずいな……ずぶ濡れになっちまうぜ。」
雨の知らせを受けて、土方の表情が曇る。
書状を濡らしたとあらば、何の為に出掛けたのか、今日の時間が全て無駄になる。
いくら頭で記憶しているとはいえ、近藤さんに報告するべき内容に見落としが無いかどうか不安な部分もあるからだ。
そんな事を考えている間もなく、曇天からは激しい雨が地上に降り注ぎ、無数の雨粒が地面を叩いている。
早速濡れて重みを増した着物や足袋も鬱陶しいが、それより何より視界が悪い。
雑木林の間を縫う僅かな山の細道には曇天が起こす闇と、雨の水蒸気の霧が立ち込めて、寸分先の情景さえ曖昧にしか映らない。
雨の音で耳まで鈍くなるから厄介なのだ。
「……ッチ、ついてねぇ。」
額に張り付く黒髪をかきあげながら、土方は行く先の闇の中に目を懲らす。
屯所までは、この山道さえ越えてしまえば目と鼻の先なのだ。
あやふやな記憶を信じ、土方は懐を握りしめながら重く湿った草履を走らせた。
「……っ、……。」
急ぐはずの足が何かを感じ取って雨でぬかるむ地面を擦る。
風も雨も眼球に突き刺さる視界の中で、土方は険しい表情で刀に手を伸ばした。
闇が支配する雑木林の暗がりから、ゆらりと動く影が自分の前方に立ち塞がった。
「……新選組副長、土方歳三殿とお見受けする。志半ばにして討たれた我等同胞の仇、今こそ晴らさせていただく。」
あの細い山道で待ち伏せしていたとは思えない数の人影が、一人二人と言わず、その声と共に姿を現す。
その手に光る刀の数さえ、雨露に遮られぼやけてしまいそうだ。
『お一人で行かれるなど、絶対になりません!』
最後の最後まで、俺を一人では行かせないと渋っていた一人の男の姿を思い浮かべる。
ーーこりゃ、帰ったらあいつに説教されるな。
そういう時のあいつは信じられ無い程に頑固で、絶対に揺るがないとばかりに副長の俺だろうが何だろうが食ってかかるから誰にも止められない。
きっと、あいつには珍しく感情を剥き出しにした顔で怒鳴るんだろう。
「仇なんざ何処の誰だか知らねぇが、殺し合いなら喜んで受けるぜ。」
早く、帰らなければ。
こんな所で道草食ってる場合じゃ無い。
ましてや、こんな所で殺られるなんて。
絶対に、御免被る。
近藤さんに迷惑をかけるから。
総司に馬鹿にされるから。
斎藤に。
あいつに。
説教されんのは、御免だ。