・長・ 

□■落花流水の情■
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息が。 止まった。


世界が。 止まった。



貴方に振り下ろされる刃の光を見た時に。


存在する全てが停止した。




ーー土方さん。




音に成らない声が自分の心で響いた。


全てを停止させたあの光。


あの人の元へ到達する前に。



せめて俺の足を動かしてくれ。


あの人の元へ、行かせてくれ。


あの人を、逝かせないでくれ。



俺を、逝かせてくれ。



あの人の存在しない世界など。


自分には在りはしないから。




ーー土方さん。




貴方の居ない世界など知りたくは無い。



なのに、貴方は何故。


今、俺の前に立ちはだかっているのですか。


俺に向けられた刃を。


何故、貴方が受けようとしているのですか。



逝かないで。逝かせて。


貴方の為に逝かせて。


俺の為になんて逝かないで。



振り下ろされる刃の光。



どうか自分に受けさせて。



光の一筋が肉を斬る。


残光が目の前に筋を引く。



貴方と俺を引き裂く光。



見えないはずの貴方の顔が見えた。



なんて顔を、してるんですか……。




「斎藤ーーー!!!!」




名を呼んで貰えるだけで。


充分なのに。







部屋から見える景色は相も変わらず庭の緑と空の青。

景色を変えてくれるのはたまに庭に遊びに来る猫と風が揺らす草木の葉だけ。



とうに傷は癒えた。


肉を裂かれた胸も神経を脅かす程でも無く、動くに支障を感じない程度にまで傷口は塞がっている。

なのに、自分が見れる景色は毎日変わらず同じもの。



歯痒さともどかしさに唇を噛む日々が幾日も過ぎて行く。




「よぉ、もう起きて大丈夫なのか?」




変わらぬ景色に割り込んだ姿を見て、少しだけ胸の錘が宙に浮く。
今度こそ、良い知らせかと期待する思いがそうさせた。




「傷ならとっくに完治している。指示は。俺に何か命は無いのか。」




部屋に現れてまだ腰も下ろしていない原田に急かすように問い掛ける。

原田は苦笑いを浮かべて静かに入口に腰を下ろした。
襖を背もたれに自分を穏やかな目で見つめている。




「お前への指示は変わらねぇよ。安静にしてろ、だそうだ。」




まだ此処で手を拱いていろと、誰かの事後報告を聞いていろと、自分にそう言っている命令だ。


宙に浮いた錘が先程より重みを増して、胸にのしかかる。

期待する度、舞い戻る錘は痛みを増すだけなのに期待しなければ此処に居る命令さえ聞けなくなりそうだ。



今すぐにでもあの人の元へ行き。

あの人の為にこの命を使いたいのに。




原田の言葉を聞いて静かに口を閉ざした斎藤を見て、原田は軽く首を傾げる。

俯く斎藤の表情は悔しさと悲しさが双方に現れているように目は悲しげに細められ、何も出来ない歯痒さを我慢するように唇は噛み締められていた。


原田も苦い表情になる。




「組なら心配要らねぇよ。お前が抜けた三番組は総司が代わりに面倒見てる。巡察だって新八や平助がちゃんとやってるからな。」




原田の慰めの言葉は今の斎藤には厭味にさえ聞こえたかもしれない。

何も出来ない歯痒い自分は。


誰かの助けによって補われている。




「……昨日の会合弾圧はあんたの手柄だと聞いたが?」




斎藤の褒めているのかいないのか微かにトゲがあるような言い口の言葉に原田は眉を寄せる。


斎藤の拳が強く握りしめられているのを知って、原田は小さなため息を吐いた。


 
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