jasminum

□jasminium
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bleeding


リリーとの一件以来、素馨はグリフィンドール生に目を付けられたようだ。行く先々で陰口や嘲笑に遭遇するようになった。
シリウスとジェームズ・ポッターに至っては聞こえよがしに悪態をつく。
スリザリン生も好奇心や畏怖の目で見ていた最初の態度を翻し、素馨を見下すようになっていた。もともと、ルシウスのファンからは白い目で見られていたし、グリフィンドール如きに絡まれるような出来損ないには価値がないと言わんばかりだ。
さらに、その状況を改善するべく乗り出すのではなく、仲間はずれにされている素馨を見るのを完全に愉しんでいるルシウスの存在が、素馨に対する攻撃に拍車をかけていた。

しかし、素馨はそんなことはどうでもよい、と言わんばかりに淡々と日々を過ごしていた。
自分が学んできた身近な自然を操る力本位な陰陽道と違い、杖を通じて多岐に渡る不可能を可能にする技巧が素馨を魅了してやまなかった。
また、薬草学や魔法薬学にしても西洋と東洋の違いが顕著に現れていて、今までの常識を覆すような手法に出会うことが面白い。
そもそも、自分の知識が呪いや陽陰の陰に属するものに特化していたので、それ以外のものについて学べることは純粋に嬉しかったのだ。

なので、素馨は足繁く図書室へ通いつめており、その日も図書室へ向かう途中だった。

素馨は「ホグワーツの歴史」を両手で抱え、足早に廊下を歩いていた。今日は休みなので、妖精の呪文を心ゆくまで漁ろうと決めており、表情には現れないものの、うきうきと胸の高鳴りを感じていた。
平日はどうしてもまとまった時間を取りにくいたため、歴史など、ピロートーク程度のものしか読んでいなかった。素馨は自分が熱中すると離れられない性格なのを熟知していたからだ。

そんな気分の良い状態でも素馨の危機感知能力は正常に働いた。

廊下には人影がないのに、人の気配がする。それも複数。足を止め、まわりを入念に確認しようとしたとき、後ろから力が飛んでくるのが分かった。それは、命を奪うほど大きなものではないが、悪意が十分感じられるもので、件の嫌がらせが増長してとうとう直接攻撃をしかけられたことを理解する。避けることや跳ね返すことも可能だが、それでは「人目につかず卒業すること」が叶わなくなりそうで、素馨は甘んじて受けることにした。
これだけの長い思考を、まばたきよりも短い時間で終えると、素馨の体は宙を舞った。

(あ、これは武装解除の呪文だ、)

そして、丁度角を曲がってきた誰かの上に着地する。


「…ぅぐっ!」

「…っ!」

謝ろうとするが、衝撃に息が詰まり何も言えなかった。
この気配は彼だ。

「…ご、めんなさい、スネイプ。」

顔を上げるより先に謝罪する。

「ゴホッ、ゲホッ、

き、みは、一体何をやっているんだ?」

素馨が何か言い訳をしようとしたとき、廊下中に魔法で拡大された大きな声が響き渡った。

「おい見ろ、悪夢がスニベルスに迫ってるぞ!
はっはっは、お似合いだ!
祝福してやるぜ、そーれっ…!!」


大きな声に何事だろう、とゾロゾロ集まった生徒たちが見たものは、びしょ濡れでセブルスの上に覆いかぶさるようにしている素馨だった。

「コレこそが本当の濡れ場、ってな!」

ジェームズとシリウスは集まった生徒たちに聞こえるように一言叫ぶと、笑いながら去って行く。

ヒュー、ヒュー!
熱いねー!
羨ましいわあ、
腐れスリザリン同士お似合いだねえ。

野次が飛び交う中、セブルスは自分の上にいる素馨を押し退けた。
水の塊の直撃から庇ってくれた事に対しては礼を言わねば、と思ったが、野次馬の中にリリーがいて、こちらを感情の伺えない目で見ていたのを視覚した瞬間、血がかぁ、と頭に上って叫んだ。

「誰が、お前なんかと!
悪夢なんてこっちから願い下げだ!
それにただ、向こうがいきなりぶつかって来ただけで、迷惑極まりない、」

俯いて、濡れた髪の毛が顔に貼りつき表情の読めない素馨を見やると、セブルスは弁解めいた言葉を吐き、その場を早足で後にする。

あれえ?フられちゃったよ?
可哀そーに、

クスクスと嗤う声は現場が見えなくなった後もセブルスの耳を離れなかった。

こうして、素馨はホグワーツでイジメの対象として広く認知されることになったのだ。




素馨はフラフラと禁じられた森を彷徨っていた。図書室に行く余裕はなかった。あんな嫌がらせはなんてことないが、「悪夢」という言葉は、まだ塞がっていない、生々しく血を流す記憶を掻き毟った。


「お前が殺したんだ、人殺し。」
「お前は厄災しか運んで来ない。」
「式神の契約なんて一族を滅ぼすだけじゃないか、早く死んでくれればよいのに。」

「存在が悪夢のような奴だ。」




『お前は神様に愛された子なんだ、自信を持ちなさい。』




「……っ、し、しょ、」


素馨は苔で覆われた切り株を何度も何度も拳で殴った。
小指の爪が剥がれかけ、血が流れても、
心の方がもっと傷つき、痛かった。
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