jasminum
□jasminium
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learning
「キトウ?聞かない名前だね。どこから来たのかな?」
一斉に食事を始める生徒たちの間から、金髪碧眼のPバッジをつけた青年が素馨に近づいてきた。
素馨はサラダを取る手を止めて、返答した。
「日本です。」
今日一日でこのやり取りを何度繰り返しただろう。
「そう、日本から。ああ、自己紹介が遅れてすまない、私はルシウス・マルフォイ。監督生だ。
…君は綺麗な瞳を持ってるね、」
ルシウスはおざなりに自己紹介しながら、暗に素馨の出生について探る。
「…どうも、」
あえて何も語らず、素っ気なく返事をし、顔を俯かせた素馨の顎に、ルシウスは指をかけ、自分の方を向かせる。
そして、まるで恋人にするように優しく素馨の頬を触り、親指で赤褐色の目の回りを撫でた。
周囲から羨望の黄色い声が上がるが、素馨もルシウスも気にしない。
「……歓迎するよ、ソケイ。」
ルシウスは満足そうに素馨の耳元でそう囁くと、愛おしげに髪を撫ぜて自分の席へ戻って行った。
その後も、興味と嫉妬の眼差しに素馨は晒される。
どうやらなかなか平安な日々は望めなさそうだ、とため息を飲み込んだ。
翌日、いつもの癖で早朝から起き出し、城を出ると簡易的な鍛錬を行う。一汗流すと、朝食が用意されていると監督生から教えられた時間だったので、大広間へ向かった。
重い扉は難なく開いたが、中にはまだ誰もいない。しかし、スリザリンの席に着くと1テーブル分だけ食事が現れた。
「…オドロイタ。」
言葉通り少し目を見開くと、素馨はミネラルウォーターをグラスに注ぎ、サラダをとる。
トマトを咀嚼していると声をかけられた。
「……早いんだな、」
ドアの開く音がしていたが、素馨は別段注意を払っていなかったので、その人物を見たとき、少し意外に感じた。
「セブルス・スネイプこそ。」
素馨の返答を聞いた黒髪の少年は嫌そうな顔をした。
「フルネームで呼ぶのはやめてくれないか。」
「では、スネイプ。」
ため息をつくと、セブルスは素馨の正面に腰を下ろした。
二人は無言で食事をとり、素馨が食べ終わろうとしたところで、セブルスが口を開いた。
「列車で、君はどこへ行っていたんだ?リリーが心配していた。」
「大したことないわ。」
返答になっているのか、いないのよく分からない返事をして、素馨は席を立つ。
「お先に。」
セブルスは呆気にとられて素馨を見送った。
素馨が寮へ戻るとちょうどルームメイトが起き始めたところだった。
初日に「憧れ」のルシウス・マルフォイさんに気に入られ、人種が違い、さらに近寄り難い空気を醸し出している素馨に話しかけるチャレンジャーはルームメイトにいなかった。
部屋へ入ってきた素馨をギョッとした目で見て、彼女たちはそそくさと洗面所へと去って行った。
初日の授業は、グリフィンドールと合同でマクゴナガル教授による、変身術だった。
雨で濡れた一年生を一瞬で乾かしたあの魔女である。
変身術の理論を述べ、マッチ棒を針に変える課題を課す。
素馨はじっくりと教科書を読みながら、まわりを伺う。
輝くような魔力をもつ生徒が何人かいるが、それでも素馨のそれが一番大きそうだ。そしてそんな素馨が杖を振れば何かしら起きるだろう。
しかし、それは誰かがまず成功し、クラスが騒がしくなってからの方が好ましい。
「できた!」
「できたわ!」
ほどなくして成功者が出たようだ。
リリー・エバンスと列車でシリウス・ブラックを呼びにきた黒い癖っ毛のグリフィンドール生。
「俺もだ。」
シリウス・ブラックもできたようだ。
「良い出来です。グリフィンドールに3点づつ。」
マクゴナガル教授がそう言い、スリザリン生、特にセブルスが苦虫を噛み潰したような顔をしたところで、素馨も杖を軽く振り上げた。
「今日の授業は終わりです。出来なかった人はきちんと復習しておくように。」
結局、スリザリン生で加点された人はいなかった。グリフィンドール生が優越感を漂わせながら、教室を出て行く。
そんな赤いタイの群れから一人の少女が抜けて、スリザリンの方に小走りでかけてきた。
「ソケイ!汽車ではどうしたの!?お手洗いから帰ってこないから心配したのよ、見に行ってもいなかったし!何があったの??」
ただでさえルシウスのせいでスリザリン内では注目されていた存在だったのに、リリーが話しかけたことによって、今や素馨はグリフィンドールにも見られていた。
セブルスの視線を感じながらも素馨は端的に答えた。
「別にあなたに関係ないことです。」
「でも、友人のことを心配するのは当たり前だわ。」
リリーは全く怯まず反論した。
「私はあなたの友人になった覚えもありませんので、心配して頂かなくて結構です。」
そう言うと、素馨は固まっているスリザリン生の群れを通り過ぎ次のクラスへと歩き始めた。
「所詮、腐れスリザリンさ!気にすることない。」
聞こえよがしにシリウスが言うと、同調するようにグリフィンドール生が野次を飛ばした。
「リリー、泣かないで。あんな奴気にすることないよ。」
「リリーって呼ばないで、ポッター。私はあなたなんか嫌いよ。」
リリーは涙を拭うとジェームズの手を払いのけ、次のクラスへと向かった。
午前の授業が終わり、早々に昼食を終えた素馨が大広間を去るとツカツカとセブルスが追ってくる。廊下に他の人影は見えない。
「なぜ、あんな言い方をしたんだ?失礼じゃないか。」
「私は事実を言ったまで。」
「だとしても、だ。」
「私と仲良くしても仕方がないじゃない。」
セブルスが訝しげな顔をする。
「……どういう意味だ?」
「リリー・エバンスは友達に不自由してるように見えなかったけれど。」
あれは嫌味ではないのか?セブルスは混乱した。そして口を閉ざしたセブルスを見て、素馨は踵を返す。
「また、授業でね、スネイプ。」
目立たないよう卒業する。
簡単なことかと思っていたが、相手の出方が分からず、難しい。
素馨は人気のない中庭で束の間の休息を得た。
「なんなんだ、あいつは。
…変身術の授業でも針に変えたくせに、すぐ、マッチ棒に戻すし。」
そう呟いたセブルスの声を素馨が聞くことはなかった。