jasminum

□jasminium
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meeting


暗澹たる思いで、煙を吐き出す汽車を見ていた。
なぜ自分はアレに乗って、ホグワーツなどに行かなくてはならないのだろう。
いや、「なぜ」なのかは自覚している。
しかし、「なぜ」こうなってしまったのかは分からない。
どこで間違えてしまったのだろうか。
私が生まれたこと?
母が私を孕んだこと?
父と母が出会ったこと?
それとももっともっと遡って天が光と闇を分けたこと?

耳を貫くような大きな汽笛で思考が途切れ、そのまま駅の時計を見ると、あと一分で11時だった。11歳の素馨にとっては、かなり重いトランクを引き摺り、保護者と生徒の群れをやり過ごすと、一番後ろの車両に乗り込んだ。空いているコンパートメントに腰を下ろした時、丁度、鈍い音をたてて列車が動き出す。
曇っているせいか、流れる風景は薄暗く、車内に灯る明かりのせいで、薄っすらと自分の顔が窓に映って見えた。
抜けるように青白い肌。
前髪の下からのぞく全てを諦めた瞳。
顎のラインで真っ直ぐに揃った漆黒の髪。
子供らしい見た目と哀愁を帯び年季を感じさせる表情がアンバランスだ。

素馨はそっと瞼を閉じる。
視覚からの情報が途切れると、騒がしい生徒の声が余計に頭に響いた。どの声も楽しそうで子供らしい希望に満ちている。
素馨は懐から札を一枚取り出し、音を遮断する結界を構築しようとして、唐突に手を止めた。
そうだ、もうここは自宅ではないのだ、不用意に力を使ってはならない。
別に規則がある訳でもないし、魔法界の法律にも引っかかることはないと思うのだが、素馨は自分の役割をきちんと認識していた。

目立たず卒業し、そのあとは闇に溶けるように己の存在を俗世に悟らせないこと

力が何者にも悪用されぬよう自衛の技を身につけることがホグワーツへ向かう大義名分なのだ。でなければ、あの人たちはとっくに私を追放している。
他の生徒の騒ぎ声が耳につき、本を読む気もおきなかったので、ぼんやりと風景を眺め、時間を潰すことにした。

トントン、

窓枠に肘をつき、外を眺め始めてから、一時間はたった頃、控えめなノックの音がした。
素馨の返事も待たずにドアを開けて入って来たのは新入生であろう男女二人。
顔色が悪く、痩せていて黒い髪の男子と赤毛で緑の目が綺麗な女子、ただしこちらの子は泣いている。

「そっちの席がもし空いているなら、相席してもかまわないか?」

男の方が感情の見えない声で尋ねる。

「……うるさくしないのなら、どうぞ。」

男子生徒は、素馨の言葉に少し顔を顰めて、後ろの女子を振り返る。
「うるさい」に泣いているのは入るのか、暗に断られたのだろうか、そう思案しているようだ。

「大きな物音をたてたり、大声で会話をしなければ、という意味よ。」

素馨は自分の荷物を座席の下に移動させながら助け舟を出した。

「…あ、りがとう。」

お礼を言ったのは、男子生徒ではなく、泣いている女子生徒の方だった。

「いいえ、」

そうして二人は腰を下ろしたものの、全く会話はなく、時々鼻を啜る音だけが、コンパートメントに響いた。
男子生徒の方はちらちらと素馨を伺っていたが、素馨が何も言わず、窓の外を眺めているのを見ると、手元にあった本を読み始めた。


「…あの、私、リリー・エバンスっていうんだけど、あなたは?」

リリーと名乗った少女は落ち着いたのか、素馨に話しかけた。

「……ソケイ、ソケイ・キトウ」

素馨はリリーと少し視線を合わせると名乗った。

「ソケイ?とっても良い名前ね。外国から来たの?」

「…日本から」

「へえー、ここまで来るのは遠かったんじゃない?」

「それなりに。」

「あ、そうそう、こっちはセブルス・スネイプよ。幼なじみなの。」

かなりぶっきらぼうな返答にもリリーは気を悪くしているように全く見えない。
そして、名前の上がったセブルスは本から少し顔をあげ、素馨を見た。

「そう……私、お手洗いへ行ってくる。」

放っておけばいつまでも喋り続けそうなリリーから早々に退散することにした。

「いってらっしゃい。」

ニコニコと笑うリリーを振り返らずに素馨はコンパートメントを後にした。

煩わしいな、そうため息をつくと、車両の連結部に近い広めの通路で窓ガラスに寄りかかり、外を見つめ続けた。
曇り空はいつしか、大粒の涙を零していた。
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