短編
□私の恋は金属製
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「…今から言うことは独り言です。貴女に言っている訳じゃないですよ。」
私は無言で彼を見詰め続けました。
否、逸らせなかっただけ、だなんて。
「僕の父もその父もこの屋敷に勤める庭師で、僕はそのあとを継がなくてはいけない。…そんな決め付けられた運命が嫌だった。」
初めて聞いた、そんなこと。
彼はいつも笑顔で、嫌がっている素振りなんて一切なかったもの。
「だけど、今はこの屋敷の庭師として働けて、幸せなんです。不純した動機かもしれませんが…此処に好きな方が出来たもので。」
「それって、」
「でも、身分違いは承知しています。だから、今はただ、彼女の幸せを祝うだけですよ。」
「終わりです」と、またいつも笑顔を私に向けた。
つまり、私のことが好きだったってこと?
だからちょっとした表情の違いが分かるって、ここで庭師をしてるって。
「そんなの…そんなのおかしいわ!何で貴方が我慢しなくちゃいけないの!?」
「お嬢様、僕は、」
「私は…私は…っ!」
こんなに苦しくなるなんて。
こんなに泣きたくなるなんて。
私も彼のことが好きだった…?
だって私、こんな気持ち知らないわ。
「泣かないで下さい、お嬢様。……お見合い、良い方向に進みますよう願っております。」
「貴方は、それで良いの?」
「お嬢様の幸せが僕の幸せですよ。」
微笑む彼の方が、きっと泣きそうな顔をしているのではないでしょうか。
それからどちらからともなく、彼と抱擁を交わした。
程なくして予定通り行われたお見合いは着々と話しは進んでいきました。
相手の方は頭が良く温厚で優しい5つ歳上の方です。
私はもうすぐその方に嫁ぎ、幸せな家庭を築くでしょう。
庭師の彼も、きっといずれ、素敵な女性と結婚をするのだと思います。
(その時私は、誰よりも笑顔で祝福できるかしら。)
今、彼がそうしてくれているように。
私が寄り添う男性はとても素敵で、きっとそのうち好きになることでしょう。
(私は彼の幸せの為にも、幸せになろう。)
110329