短編

□きみが泣いてる理由になりたい
1ページ/2ページ

 僕の彼女の瑠衣子は泣き虫だ。だから名前を捩って涙子なんて言われるんだよ、瑠衣子って瑠衣子にぴったりのとても良い名前なのにさ。まったく他の奴らは何も分かってない。まあ、僕以外が瑠衣子を好きになっても困るから、それはそのままで…むしろその方が良いんだけどね。

「だから何度も言ってるだろ?僕以外の人間と話すなって。」
「…うん、ごめんね。」
「僕以外の誰かが瑠衣子を泣かすなんて許せないんだよ。ただでさえ瑠衣子は涙腺が弱いんだ、お互いのためにも関わらない方が良い。」
「そうだよね、ごめんね。」
「分かれば良いんだよ。」

 ぽろぽろと美しい雫が瑠衣子の艶やかな頬を伝って落ちる。その姿はやけに妖艶に僕の瞳に焼きつくもんだから本当に瑠衣子は罪作りな子だよね。その涙を一粒掬い上げながら瑠衣子の顔を覗き込む。

「ところで、瑠衣子はあいつと何で…何を話してたんだい?」
「…なんでも、ないの。」
「何でもないのに泣くことは、流石の瑠衣子でもないだろう?」
「言えない…聖也くんには。」
「は?僕には?」

 ムカつくムカつくムカつくムカつく。
 有り得ない有り得ない有り得ない!!!

「何で?」

 瑠衣子の全てを僕は知りたい。何故なら僕は瑠衣子を愛しているからだ。だから僕の全ては瑠衣子に捧ごう。だから同じように瑠衣子も全てを俺にくれなくちゃいけない。だってそれが恋人だろう?僕を拒む言葉なんて、そんなの聞きたくない!!

「だ…って、…今より…もっと…怒る、でしょ?」

 苦しそうにしながら話す瑠衣子。でもそれはしょうがないよね。僕が首を絞めてしまっているのだからしょうがないことなんだよ。呼吸が上手く出来なくなっていて可哀想だなとは思うよ。でもそれは瑠衣子が僕の気持ちに応えてくれないのが悪いんだ。ねえ、何でそんなことを言うの?

「瑠衣子、僕は君を愛してるよ。誰よりも。どうしようもないほど。」
「うん、実感…し…てる。」
「だから、もう、僕に話してくれない口なんていらない。いらないいらないいらない!!」
「…!やっ、」

 小さな悲鳴とともに瑠衣子の力とは思えない力で突き飛ばされた。そこで僕も我に戻る。今僕は、何をしようとしていた?瑠衣子の大切な身体に傷をつけようとしたんじゃないのか?

「ご、ごめんね。苦しかったよね、痛かったよね。ごめんね、ごめんね。」

 頭を床に擦り付けて何度も何度も謝る。もしもあのまま暴走していたら愛する相手にとんでもないことをしてしまうところだったんだから、当たり前だ。でもこれで許してもらえなかったらどうしよう。

「…良いよ、良いの。聖也くんは私のことをそれだけ好きでいてくれてるんだって思ったから。」
「やっぱり瑠衣子は優しいね。」
「許さないと言ったら聖也くんなら自分の舌を切り落としそうなんだもの。」

 当たり前だ。何をしてでも許しを請うよ。瑠衣子に許されるまで何だってやるよ。

「でも、瑠衣子も酷いんだよ?僕に何であんな男と話していたのか言ってくれないんだから。」
「…それは、」
「どうして?瑠衣子は僕のこと嫌いになった?瑠衣子の泣き顔がみたくてつい意地悪しちゃうところ?それともやっぱり直ぐにキレちゃうからかな。ごめんね、頑張って治すから。瑠衣子のことになるとつい本気になっちゃうから…なるべく冷静でいられるように努力するから。…それとも、あの男が好きなのかい?」
「それはない。私が好きなのは、聖也くんだけ…。」
「なら、何で…?」

 向き合って、膝を突き合わせる。やっと瑠衣子の涙は止まり今は瞳がキラキラと潤んでいる。綺麗だ。

「……あのね、あの人に…私の幼馴染なんだけど……聖也くんとは別れた方が良いって言われたの。」
「は?」
「告白された、とかじゃなくて…アイツは何かヤバいから離れた方が良いって言われたの。」

 そしてまたぽろぽろと瑠衣子は涙を流す。それを見て正直僕はほっとした。良かった、やっぱり泣く理由は僕なんだ。

「なんだ、そんなことか。そんなことで僕は怒ったりしないさ。」
「…良かった。ごめんなさい。」
「謝ることじゃない。君は否定してくれたんだろう?なら問題ないさ。」

 愛する君が泣く理由はいつだって僕で良い。僕だけで良い。僕以外が君を泣かせるなら僕は死ぬ気で君を救おう。冷たさでなく、それが僕なりの愛の形なのだから。
 だから、その目も耳も口も身体ごと全部、僕だけの方へ向ければ良い。そしたら衝動的な暴力もなくなるのに。いっそのこと閉じ込めてしまいたいけれどそれはしちゃいけないことだ。だから、そんな、

「不器用な僕だけど、これからも愛していてね、瑠衣子。」
「当たり前じゃない、愛する聖也くん。」

 にっこりと笑む瑠衣子の輝く笑顔。それでもやっぱり、僕は泣き顔の方が好きだと密かに思うのだ。

_
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ