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□日常抄
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『雪は降るか』


「…降らないだろう」
「でも、この世界にはない雨や雷、季節の描写のある書籍もあるじゃない」
「まあ…架空ならな」

架空なら。
アリスは納得のいかない表情のまま、首をひねった。

「不思議過ぎるわ。だって世界に季節も天気も最初から無いなら、誰も知ってるはず無いのに」

キセルをふかしながら、ナイトメアは肩を揺らす。

「…全くもって君は面白いな」
「いや、よくわからないけど…この世界の方が変よ」
「私は『面白い』と言ったんだ。『変』とは言ってないぞ」
「同じようなものだわ」

言ってアリスはツンとそっぽを向いた。
煙草の煙をふうと吐きながら、グレイは宙を見た。

「まあ、知っている事を疑問に思う奴も少ないからな。よく考えると矛盾しているのか」

まるで自問自答するようなグレイの言葉に、アリスは肩をひょいと竦めた。

「そうね…何だか私も不思議に慣れちゃって、もうさほど疑問でもないんだけどね…」

アリスは窓を見上げた。
深く底無しの青空が、どこまでも広がっている。

「たまには、降ればいいのにって…」
 
ナイトメアとグレイは顔を見合わせ、苦笑した。その様子に、アリスも困ったように笑う。

「…そんな顔、しないで。
何処かに行くつもりなんかないから」

時々、どうしようもなく傾いてしまう天秤。
からっぽではないアリスの心。
ナイトメアもグレイも、アリスの中にある不安定なそれを恐れている。
アリス自身もその事をよく解っていた。

アリスはおもむろに二人の間に立ち、彼らに両腕をからめる。

「不思議だわ。いきなりこの世界に連れ込まれて、とても帰りたかった。でも…」

二人の腕に、あらん限りの力を込めてぎゅうとしがみつく。

「アリス…」
「もう、私はここ以外のどこにも居たくない」

両腕の温もりを噛みしめながら、アリスは祈った。

「(…居たくないわ。だから季節も天気もない世界で構わない)」
「…嬉しいよ」

アリスの内心を読んだナイトメアは、勝ち誇ったようにうっとりと微笑んだ。

「我々は、君をもう何処にもやらない。引っ越しで弾かれたとしても、連れ戻してあげるよ」

そう言われて、アリスはかあ、と赤面した。

「…ばかね」
「そうだな。
だがもしそうなったら、俺もナイトメア様に荷担しよう」

更に赤くなりながら、アリスはグレイを見上げた。

「君の家族は馬鹿なんだ。君も含めて」

グレイはアリスの小さな手に長い指を絡ませ、そっと唇で触れた。
アリスは顔の火照りを持て余しながらも、観念したように笑った。

「じゃあ、次の家族団らんは…書類の残りを片づけてからにしましょうか」
「そうだな、それがいい。そうしよう」
「…おい」

ナイトメアのぶぜんとした表情をよそに、アリスとグレイは行きましょう行きましょうと歩きだした。
アリスは勿論二人の手を離す事はなかった。特にナイトメアの腕は、逃げださないようしっかりホールドした。

「おいっ!聞こえてるんだろう二人とも!!私はまだ休憩をだな…」

ナイトメアの絶え間ない文句は、執務室のドアに遮られて消えた。


終わり
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