秘密請負人
□間にあるもの
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離れてしまっても、
何度でも手をのばして。
『間にあるもの』
「早坂さん」
放課後の化学準備室、その窓際に位置するデスクから、日高柚介(ひだかゆうすけ)は本棚の側に屈んでいる女子生徒に呼びかけた。
その女子生徒――早坂香(はやさかこう)は、何故だか嫌な予感がし無視したかったのだが、やむを得ず掃除の手を止め教師の方を向く。
「な、んでしょうか」
嫌な予感というのも、いつものように準備室の掃除をしている間、柚介は香を注視し続け、香が動けばそれに合わせて柚介も視線を動かすという何とも奇妙な状態だったからだ。
教師との付き合いは一年と数ヶ月、高校三年生になり、進路の方向性は自分の中で決まり、ちょっとは進歩したかなと思っていたところに、これである。
――不可解すぎる…。
居心地が悪いを通り越して生きた心地のしなかった香は、色んな意味で内心溜め息をついた。
「実は、九条…いえ、理事長からちょっとしたパーティーへの出席を頼まれているんですが」
「それがどうしたんですか」
「断れない理由がありまして…」
――?
いつになく歯切れの悪い柚介に首を傾げる香。
そして何故か柚介の眉間に皺が寄る。
「早坂さん、…パートナーとして出席していただけませんか?」
「…………は」
言うまでもなく、香は固まったのだった。
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「ひいいいぃッ」
香は悲鳴を上げ、ショールを前で掻きあわせた。
「早坂さん、準備が出来たんならさっさと出てきてください。」
慈悲のない化学教師の声が聞こえるが、香にはドアを開けることなど出来ない。
大きな鏡の前には、大きくデコルテのあいたドレスを着る自分の姿。
どうしよう、とうろうろすれば、慣れないストッキングがスーッと冷たく感じた。
こんな服をこれまでまったく着たことのなかった香は戸惑うばかりだ。
なんでこんなことになったのか、と。
それもこれも、あの変態教師の有無をも言わせぬ笑顔が原因なのだが、まさかこんなドレスを着させられるとは。
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