秘密請負人

□―追憶と始まり―
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『―追憶と始まり―』





その日、九条輝(くじょうあきら)は高校の帰り道を、ただぼんやりと歩いていた。

考え事をするわけでもなく、かといって何も考えていないわけではなく、取り留めのないことを右から左にスクロールさせながら歩いていたのだ。


落ちてくる桜の花びらは、とくに輝の思考には刺激を与えず、むしろその落下の速度がぼんやりとする頭に拍車をかける。


時刻は夜8時をまわろうというところ。

街灯の光が無くとも、はっきりまわりが見えるほどに、月明かりの届く夜だ。


そしてそれは本当に突然だった。


頭の上から、それまでとは比べ物にならない量の桜の花びらが落ちてきたのだ。

さすがに驚いて輝は上を向くが、その瞬間、

大量の花びらと一緒に少年が落ちてきた。


輝は声をあげることが出来なかった。


危うげもなく地面に着地した少年の白磁の肌、色素の薄い髪と瞳、細い身体、それでいて均整のとれた肢体、なにより作り物のように整った顔は、今まで見てきたどんなものよりも美しかったのだ。


体格的に年下だと判断した輝は少し心に余裕ができて、いきなり前に落ちてきた少年を軽く睨む。


「あぶないだろ、お前」


少年はその声で人がいたことに今気付いたらしく、輝の方を向いた。


「……どんくさ」
と、少年は呟いた。

……今の、俺に言ったのか?コイツ…。

無表情な顔のまま言い放った少年は大袈裟に溜め息を吐いて、今度は意地の悪い笑みを作った。

「ごめんなさい…九条先輩?」
…コイツ。

「まったく悪いと思ってないだろ」

中学生にも見える華奢な体格。
身に纏う学ランの襟はぴっちりと首に沿っていて、一分の隙もない。
その少年は無表情に戻り、輝に背を向け、

「……先輩も、」

何かを言いかけた。


……?

輝が首を傾げて続きを待っていたのはほんの一瞬。

少年は「なんでもない」とそっけなく言い放ち、桜並木の向こうへ消えてしまった。


輝はそのとき、驚きと不快感と、それ以外の少しの期待に、少年の背中が見えなくなるまでその場を動けなかったのだった。
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