秘密請負人
□春風の人
2ページ/2ページ
「う、わぁ。びっくりしたぁー…」
突然の強い風に驚いて、香は何度もまばたきした。
逃した花弁が惜しい。
手は所在なく風を切っただけ。
***
柚介はそんな少女の背を後ろから見つめて、ふと、春の風の特徴を思い出していた。
春の風は穏やかだ。
しかし、その風向きは変わりやすく、ときに嵐をもたらす春一番のように突風が吹くこともある。
柚介の前を歩く香は、横に並んだ桜の木々を切なげに見つめていた。
――何を考えているんだか。
教師は目を細めてその横顔を窺う。
今日、四月四日、
それは香の誕生日である。
しかし、捨て子だった香の実際の誕生日は不明だ。
四月四日、
それは香が捨てられ、拾われた日。
仮の誕生日は、その日を迎えるごと、小さな背中の少女に何を刻んできたのだろうか。
幸せか、苦しみか、憐れみか。
そんなことを考えていると、香はいつの間にか柚介の方を向いていた。
先程の切ない表情ではなく、とびきりの笑顔で。
「先生、見てくださいよ!」
捕まえました、と楽しそうに笑う香の手の中には薄桃色の花びら。
その姿に柚介は自然と微笑んでしまう。
今までの誕生日、香のことだから、施設の人間や亜矢などの友人に囲まれて幸せに過ごしたのだろう。
しかし、一人になったときにふと寂しさがよぎったかもしれない。
――それを、十七度。
「う、……くそぅ。桜マジック……」
香は柚介の毒気のない笑顔に思わず赤面するが、柚介はそんな心境など露知らず。
ただ桜色の頬をした少女を見つめる教師は、
――さっきまであんなに切なげな表情をしていたのに。
そう思わずにはいられない。
ころころと変わる表情。
それはまるで、
――まるで、春風のようだな。
笑って、怒って、泣いて、青ざめて、恥ずかしがって、
時には別人のように血を求めて、
そして微笑んで。
風向きはくるくると変わる。
花びらをさらうように、心をさらっていく。
「早坂さん、誕生日おめでとうございます。」
「な、ちょ、えっ、や、やっぱり誕生日知ってたんですね!?」
「一応職業柄、全校生徒のプロフィールは攻略済みです。」
「あほかっ!怖いわっっ!!」
今日、穏やかなまま風が吹いてくれればいい。
柚介は儚い花びらに祈った。
Fin