秘密請負人

□春風の人
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「う、わぁ。びっくりしたぁー…」

突然の強い風に驚いて、香は何度もまばたきした。

逃した花弁が惜しい。
手は所在なく風を切っただけ。









***


柚介はそんな少女の背を後ろから見つめて、ふと、春の風の特徴を思い出していた。


春の風は穏やかだ。
しかし、その風向きは変わりやすく、ときに嵐をもたらす春一番のように突風が吹くこともある。



柚介の前を歩く香は、横に並んだ桜の木々を切なげに見つめていた。


――何を考えているんだか。


教師は目を細めてその横顔を窺う。

今日、四月四日、
それは香の誕生日である。

しかし、捨て子だった香の実際の誕生日は不明だ。


四月四日、
それは香が捨てられ、拾われた日。


仮の誕生日は、その日を迎えるごと、小さな背中の少女に何を刻んできたのだろうか。

幸せか、苦しみか、憐れみか。

そんなことを考えていると、香はいつの間にか柚介の方を向いていた。

先程の切ない表情ではなく、とびきりの笑顔で。



「先生、見てくださいよ!」

捕まえました、と楽しそうに笑う香の手の中には薄桃色の花びら。



その姿に柚介は自然と微笑んでしまう。



今までの誕生日、香のことだから、施設の人間や亜矢などの友人に囲まれて幸せに過ごしたのだろう。

しかし、一人になったときにふと寂しさがよぎったかもしれない。

――それを、十七度。





「う、……くそぅ。桜マジック……」
香は柚介の毒気のない笑顔に思わず赤面するが、柚介はそんな心境など露知らず。




ただ桜色の頬をした少女を見つめる教師は、

――さっきまであんなに切なげな表情をしていたのに。

そう思わずにはいられない。





ころころと変わる表情。


それはまるで、

――まるで、春風のようだな。


笑って、怒って、泣いて、青ざめて、恥ずかしがって、

時には別人のように血を求めて、


そして微笑んで。




風向きはくるくると変わる。


花びらをさらうように、心をさらっていく。



「早坂さん、誕生日おめでとうございます。」




「な、ちょ、えっ、や、やっぱり誕生日知ってたんですね!?」

「一応職業柄、全校生徒のプロフィールは攻略済みです。」

「あほかっ!怖いわっっ!!」



今日、穏やかなまま風が吹いてくれればいい。


柚介は儚い花びらに祈った。



Fin
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