秘密請負人
□―愛情と束縛―
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その人物はグレーのスーツにストライプのシャツ、首には藍色のネクタイをきっちりとしめている。
黒髪は長く、ゆるく一つに結っていた。
柚介は、半ば呆れながらも、椅子に座るように促す。
「これは、理事長、お久しぶりですね。」
理事長と呼ばれた人物はタバコを箱から一本取り出し、口にくわえると、ポケットからライターを取り出した。
「二人の時に理事長なんて呼ぶのはよしてくれ。君と僕の仲じゃないか。」
「どうでもいいですけど、此処でタバコを吸うのは止めてくださいね。」
柚介はタバコを忌々しそうに睨む。
くつくつと笑う"理事長"は楽しそうに柚介を見て、ライターとタバコをポケットにしまった。
…まったく。
柚介は見せつけるように、ため息をつく。
「柚介も昔は吸っていたくせに」
「卒業したんですよ。……九条(くじょう)。」
教師はメガネを中指で押し上げ、鋭く九条を見つめた。
「で、何の用事なんです?」
せっかちだねぇ、と九条は苦笑しながらも、デスクに寄りかかっている柚介へと身を乗り出す。
「実は…」と声をひそめ、
「君の副業のほうで、紹介したい子がいるんだが」
と、柚介を見上げる。
「俺の仕事を喋ったのか」
柚介は厳しい口調で睨んだ。
九条は、まさか、と首を横に振って椅子に深く座り直す。
風でカーテンの向こうの窓ガラスが軽く音をたて、咳払いを一つ、九条は落とした。
「お世話になっている方の御子息なんだがね、………私に、信頼できる探偵の知り合いはいないか、と聞いてきたんだよ。」
その辺の探偵よりは君のほうが信頼できるだろう?、と九条は柚介に笑みを作る。
「秘密は?」
「それは、どうだろうね。聞いてみないことにはわからない。…私がそれを聞いてしまってもいいのかい?」
九条は挑むように微笑んで、スーツの胸から、四つ折りにされた小さなメモを柚介の前にかざす。
人の秘密を好んで集める柚介に限って、他の者に客の秘密を握らせるようなことはしないと、解りきっていたのだ。
「気になったら、連絡してみるといい。」
柚介はそのメモを受け取りながら、
「あなたは、いつもながら勝手ですね。」
と、苦笑いを浮かべた。
九条は満足げな顔をして立ち上がり、タバコの箱を取り出す。
「そういえば、ちまたで噂の君のバイトちゃんに会いたいんだが」
「……そう言うと思って、今日は早めに帰らせました。」
九条は残念そうに笑って、
「次は君に連絡をいれないで此処を訪問しようかな」
と、のたまってから化学準備室を去っていったのだった。