秘密請負人
□彼女の苦悩
1ページ/2ページ
『彼女の苦悩』
お昼休み。
楽しそうに笑いあうクラスメートのなか、菅野亜矢(すがのあや)は呆れた顔で親友の早坂香(はやさかこう)を見ていた。
机越しの香は、お弁当そっちのけで、携帯電話のむこうの相手に怒鳴っている。
「だ・か・ら!お弁当食べてるんですってば!!」
それにしても怪しい。相手誰かしら。
きんぴらごぼうが口の中で気持ちのいい音をたてた。
「――え!?ちょっ、減給って!?おいっっ!?」
どうやら切られたらしい。
携帯電話を睨みつけながら、「あんの変態めぇぇ!」と低い声で呟く。
背後に炎が見えるような気も。
香はため息をついて、今まで放置していたお弁当を、急いで食べ始めた。
「うー、味わってる暇がないー」
購買で買ったお茶で口に詰め込んだものを流し込んで、香は席を立った。
「どこいくの?」
聞いてみれば、あからさまに焦る親友。
「ち、ちょっとトイレっ!」
走り去る背中には必死さが。
仮にも女子高生がトイレ言いながらダッシュってどうよ。
亜矢は呆れながらも、そんな香が可愛くてしかたないのだ。
だから、最近は寂しさも覚える。
香は化学準備室に通いっきりだからだ。
確かに香は化学の成績がすこぶる悪く、補修もやっていた。
しかし、それにしても化学準備室に行く頻度が多い。
――最初は先生のこと好きなのかと思ったけど、
日高先生が好きなのかと聞いてみれば、思いきり違うと言われてしまったことを思い出す。
最近、香は私の知らない人と繋がりがあるみたいだし。
さっきの電話もそうだ。
香は怒鳴ってはいたものの、何だかよけいに関係の親密さが目に付く。
本当は電話の相手も柚介なのだが、亜矢は知らない。
職員室に用事があり、行かなければならないことに気付いて、亜矢は手早くお弁当箱を片付けた。
職員室でも、お昼休みはにぎやかでいつもより居心地がいい。
担任にプリントを出して、教室に帰ろうと回れ右すると、色めき立つ女子生徒数人が通路を塞いでいた。
その女子生徒たちの視線の先には、端正な顔の化学教師が。
今日も格好いいわぁ、と思わず惚けてしまうが、通路を塞がれるのは迷惑だ。
「あの」と女子生徒たちに声をかけようとすると、
「そこの女の子たち、通路の邪魔になっていますよ?」
と、化学教師はやんわり注意した。