秘密請負人
□―出会いと仕事―
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「失礼します」
「どうぞ」
がらりとドアをスライドさせると、つんとした薬品の匂い。
入り口のすぐ横には本棚があり、その奥には薬品棚が並んでいる。本も薬品も授業に使うものから、高校生には到底理解が及ばないようなものまでそろっている。
窓際に置かれたデスクにはパソコンがあり、その後ろには本がずらりと並んでいた。
椅子に深く腰掛けて、くるりと香の方へ向き直る化学教師。
切れ長の目にメガネをかけ、端正な顔立ちながらも、毒のある笑みを浮かべ香を見る。
足をゆっくりと組みなおす様は、優雅で
思わず見とれそうになる。
「遅かったですね、28点の早坂さん。」
壮麗な微笑みで言われると、足元が凍える気さえする。
香は一瞬怯んだものの、用意していた文句は忘れない。
同じようにニッコリ微笑んで、
「誰かさんがテスト前でも構わずこき使うもので!」
一応嘘ではない。
しかし教師は微笑んだまま、「頭が良い人は、テスト前に限らずコツコツやっているものなんですよ?」と、のたまう。
相手の面の皮は何処までも厚い。
日高柚介(ひだかゆうすけ)は化学教師であるが、某有名大学を卒業しており顔も良いので、女子生徒から人気が高い。
それは外面が出来すぎているせいなのだが。
香はため息を吐く。
柚介は所謂、変態にあたるのだと思う。
「日高先生…馬鹿にするためだけに呼んだんなら性格悪すぎだけど」
すでに柚介の性格を知っている香は、とりあえず文句を言う。
再びデスクに向き直ってパソコンをいじりはじめた、教師は「あぁ」と
「僕もそんなに性格悪くないってゆうか…点数のことで早坂さんのこと遊んでから、ちょーっと君とお仕事の話をしたいなーなんて。」
「なお悪いわっ!!!」
と香はツッコミを入れておく。
香はある事情で夏休みから日高柚介の下でバイトをしていた。
もちろん化学教師に雑用も頼まれはするのだが、それはついでで、主として柚介の副業を手伝っている。
半ば強制的に。
パソコンの画面を香に向けると、柚介はメガネを中指で上げた。
「先日また事件があったみたいでね、依頼がきた。」
画面には『吸血鬼事件』と書かれている。
それは香もよく知るものだった。
高校内でも噂はかなり聞くほど有名な事件だ。
口元で弧を描きながら、柚介は話を続ける。
「最近頻発していて、高校側も対処しきれていない。PTAからも苦情がきていて…」
と、そこで教師は息を吐き出し、
「僕の所へ依頼がきたわけ。」
さも面倒そうに言った。