捧げ物・頂き物

□林檎飴の誘惑
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――無自覚が、こんなにも恐ろしいことだと思ったのは初めてではないだろうか。




『林檎飴の誘惑』




からん、と柚介の前を歩く少女の後ろ姿。
それはいつものように制服を着たものではなく、黒地に赤く咲いた花柄の浴衣姿だ。

香は屋台に目を輝かせ、くるくるとあっちを見たりこっちをみたりとしている。

「早坂さん、はぐれないでくださいよ。」

柚介は人込みに飲まれそうになった小柄な香の背中を追い、声をかけた。
呆れながらも、そのはしゃぎように笑いがこみ上げる。
祭りくらい、初めてでもあるまいに…。

「大丈夫ですって、子供じゃないんですから!」

胸を張って香は言うが、それは柚介によってばっさり切り捨てられる。

「その子供よりはしゃいでいるのはどこの誰ですか、早坂さん?」

柚介は香の隣に追いつくと、そう言ってにっこり笑った。
ひいぃ、と香は青ざめるが、柚介はそれを意図してやっているので性質が悪い。


香の親友である亜矢が、「ボランティアで出店手伝ってるから香もきてよね」と言ったのが昨日。
しかし、てっきり亜矢と一緒に祭りをまわるものだと思い込んでいた香には、その話は寝耳に水だった。
そのうえ他の友達も香と亜矢が一緒に行くのだと思い込んでいたため、グループは既に出来上がってしまっていた。

今更そのグループに入っていくのもなんだかなぁと、夏休みなのにもかかわらず柚介の命令で準備室の掃除をしていた香は、うっかりその話を性悪変態に話してしまった。

それを聞いた柚介は「友達のいない早坂さんのために一緒に行ってあげましょうv」と半ば強制的に話を決めてしまったのだった。


「なんでまたせんせーと……ってゆーか学校の人に見られたら私の命が危ういんですが」
という香の意見を若干考慮してか、柚介は今日はコンタクト着用だ。

行き交う人の視線が教師の美貌に振り返るのだから効果が薄いどころか逆効果だが。

「嫌がらせですか」
と香が呟けば、「どうしたんです?」と笑顔を返してくる。

ああ、嫌がらせかい。
変態教師め。

香はそう心の中だけで悪態をついた。

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