秘密請負人
□―追憶と始まり―
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明るい月が、その部屋を照らしていた。
春の、冷たさの残る風邪が開け放した窓を通り、長い髪をさらっていく。
アイツに会ったのもこんな夜だった。
窓際に腰掛け、その月を見上げながら思い出す。
彼が大事にしている少女に、ひと月ほど前に行われた卒業式のあと、あの頃のことをつい喋ってしまった。
話したことを別に後悔などはしていないが、私が彼女に喋ったと彼が知ったら、どんな顔をするだろう?
静かに怒る様子が容易に想像出来て、くすりと笑った。
しかし、潮時だと思ったのだ。
彼女が誘拐され、友人が怒りを露わにしたその時に。
あの少女は、だれも踏み込めなかった領域の境界線に立ち、そして踏み込もうとしていた。
――いや、違うな。
その領域の中心に捕らわれている、あの人形のように端正な顔をした男が、少女を求めているのだ。
そして、彼があの少女に惹かれるのは、なにか当然のようにも思えた。
だから彼女に知って欲しかった。
これがあの二人の運命だと言うのなら、どうか、どうか糸が切れてしまわないように。
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