捧げ物・頂き物

□君の瞬き
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一番座り心地の良い椅子に、足を組んで座っている柚介。

香は目線を合わせるために、もう一つの椅子を引きずって柚介の前まで来ると、それに座った。


膝が触れ合う距離。


このままでも充分近いが、ポッキーをくわえるには遠い。


柚介は組んでいた脚を戻して開いてやる。
その間に香の足が入るように椅子を引きずれば、距離はかなり近づいた。


「どうぞ?」と微笑む柚介は余裕綽々。


香は下唇をかんで、柚介が座っている椅子の肘掛けに、前屈みになりながら両手をついた。


パクリとくわえれば、広がるチョコレートの甘さ。


――ひぇぇっ顔近い!見れないっ!


香は絶対に柚介の顔を見ないよう、目を伏せてポッキーを見つめた。


今更3センチの距離が恐ろしくなる。



どうやら柚介は動く気はないらしく、香は仕方なくその菓子を口の中で折った。

一口噛めば近づく距離。


意地になって引くに引けなくなった勝負に、もはや意味などない。




軽い音をたてて、どんどん距離が縮まっていくが、



――く、唇が、


距離が縮まりすぎて、伏せた目にはポッキーだけでなく柚介の唇までもが映ってしまったのだ。


他ならぬ自分がこの距離をつくったのだという事実にも羞恥を覚えて、顔に朱がさす。


…どうしよう。

視界にどうしても柚介の口元が入ってしまう。しかし3センチにはまだ少し及ばない。


香は頭でぐるぐると考えるが、打開策は浮かばない。


パキッと音をたてて、もう一口近づいた瞬間。


――み、見てられない!


刺激が強すぎるその映像に負けてしまった。




唇を見てしまわないよう、


視線を上げて、


瞬きを一つ。







上げた視界に入ったのは、いつもの綺麗な柚介の顔。

吐息すら感じられる距離で交錯した視線。






思わずポッキーを折って顔を背けていた。



……ま、負けた。


そうは思うものの、敗北感などよりも恥ずかしさでいっぱいになってしまう。



だが、床に落ちたポッキーのかけらを見つけて、香は首を傾げた。

先程までくわえていたものに違いはないが、ここに落ちているということは、柚介もポッキーから口を離したということ。


「……?」


柚介がポッキーを落としてしまうほど勢いよく顔を背けてしまったのだろうか、と考えていると、柚介から伸びた手は落ちたかけらを拾った。


もう片方の手には定規。


「…4.5センチですね。……早坂さんの負けですv」


「………」


心底嬉しそうに笑った教師に、香は殺意さえ覚える。

結局柚介の焦る顔は見ていないし、ゲームも負けた。
二重に負けたのだ。



おさまらない動悸に怒りで蓋をして、柚介を睨みつけてやる。







唇から目線を上げた、あの瞬間、

赤い頬と、潤んだ瞳で、上目遣いに見られた教師の心境を、少女は知らない。


Fin

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