企画

□たった一度のキス
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サッチに好きだと告げられた夜、私たちは初めてキスをした。サッチは優しく笑って、そっとわたしの頬に手を添えた。そしてそっと顔を近づけて、たった一度だけ、本当に触れるだけの優しいキスをした。サッチは顔を真っ赤にして、幸せだと笑った。そんなサッチを見るのは初めてで、わたしもどんどん赤く、熱くなる。サッチはそんなわたしを見て、また優しく笑った。そしてそのまま、幸せに包まれて目を閉じたのだった。

この時、目を閉じたことをわたしは酷く後悔している。次の朝、隣に居るはずのサッチがいなかった。おはようのキス、なんて、甘い期待をして目を覚ましたってのに、もうサッチは居なかった。代わりに部屋に飛び込んで来たのは、血相を変えたマルコだった。



「サッチがティーチに殺された」



マルコの一言で、わたしの幸せだった世界はガラガラと音を出して崩れていった。嘘だ、嘘だ、嘘だ。昨晩サッチに触れられた頬も唇も、確かにぬくもりを感じたのに、今ではもう随分と冷たくなっていた。それでもわたしは、サッチの死を受け入れられなかった。もう二度と優しくわたしの名前を呼んでくれることも、そっと頭を撫でてくれることも、笑い合うことも、キスをすることもない。だけども、わたしは願ってしまうのだ。サッチがもう一度、わたしにキスをしてくれる日が来ることを。もう一度、幸せだと笑い合える日が来ることを。叶うはずもない願いを、今日もまた願い続けている。海は今日も青い。サッチの部屋は今日も静かだ。最初で最後のキスをしたあの日と何ら変わらない部屋に、わたしのすすり泣く音だけが響き渡った。


たった一度のキス
どうか、もう一度







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