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□Bolero
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「「いらっしゃいませ!」」


扉を開けると、スラッとした姿の男性従業員ふたりに、それは愛想のいい笑顔で迎えられた。

が、店内は自分の想像とはまるでかけ離れ、

まるで受付のようなカウンターの中にひとりと、入り口のそばにひとり

どちらもモデルのような出で立ちで、つい見惚れてしまいそうになる。


「当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」

「ぇ…や、あの、はい…僕…」

「ありがとうございます。それでは当店のシステムを説明させていただきますね。まず…」


――システム?

当然、飲食店だと思い込んでいたジュンスには思いもよらない言葉だった。

食事をするのにわざわざシステムを説明する店なんて、今までだって聞いたことがない。

貼り付けたような従業員の笑顔に、違和感を覚える。


「あの…僕、待ち合わせ…なんですけど…」

「…待ち合わせ、…ですか?」


ふと、笑顔が消え怪訝な視線を注がれる。

カウンターごしにふたりの従業員が耳打ちをし始め、なんとなく居心地が悪い。


「失礼ですが、お名前は…」

「キム…ジュンスです」

「とすると、ジョン・ヨンファ様の…」

「あ、そうです!もう来てますか?」


ヨンファの名前に、安堵のため息が漏れる。

ひょっとして店を間違えたのではないかと不安になってしまっていたからだ。

が…

もう一度、ヨンファのメールを確認する。

住所も店の名前も間違いなくここだ。

だが店内は、食事をする場所でもなければ買い物をするショップでもない

記念日を祝うにしては、およそ似つかわしくない場所だった。


「そうでしたか…。それでは場所を変えましょう」


カウンターの中の従業員が奥へ引っ込んだかと思うと

手前にいた従業員に案内されるまま、カーテンで仕切られた奥へと進む。

その男の名札に書かれた「チョン・ユンホ」と言う名前の他、

この店の情報はジュンスには何一つ捉えられなかった。


長い廊下の両側には、いくつもの扉が並んでいる。

それぞれドアには番号が記してあり、安アパートのような造りだ。

と言っても、見た目にはそんなボロさなんて微塵もなく

外装と同じカラーで調えられた小奇麗な空間ではあったが。


そのうちの一室を横切ろうとしたその瞬間、またも思いがけない嬌声が響いた。


『ぁッ…!ぁア…ッ!!』


「ぇ…?!」


その声は、紛れもなくドアの向こうから聞こえてくる。

しかもこの声質から察するに…男のものだ。

そしてその嬌声に、色を含んでいることは明らかだった。


『ぁあ…ッ!ぃ、ぃ…ッ!!』

『ジェジュン…ッ!可愛いよ…っ』


その嬌声を発する男を抱いている相手も、また男だ。

突然のことに、頭が混乱し始める。

歩みを遅めたジュンスを、まるで何もなかったかのように平然と促すユンホという男。


この店は、一体なんの店なのだろうか

……もし自分の予想が正しければ

この店は―――


「どうぞ」


半ば押されるようにして足を踏み入れた一室。

ジュンスを室内に押し込めると、ユンホという従業員は持ち場へ帰っていったようだった。

ふたりきりの空間に、居心地の悪い空気が立ち込める。


「ぁの…ヨンファ、は…?」

「どうぞ、座ってください」


まるでジュンスの質問など聞こえていなかったかのように着席を促される。

先程までの表情とは全く違う。

戻ってしまったあの従業員でさえ、表情や空気から何か冷たさのようなものを感じていた。


記念日、どころではないのだろうと

目の前の男の表情で悟った。

現にヨンファはここにはいない。

そしてこの男の口から放たれる言葉は、ジュンスの耳を疑って止まないことばかりだった。





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