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□曇り時々ナミダアメ
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「(那智君のアホ…)」

小雨が降る夕方のこと。どこでも良いやと思いながら、バスと電車を乗り継いで辿り着いたのはいつかの海だ。

「那智君のアホ…っ」

砂浜を歩きながらもう何度も頭の中で繰り返した文句を暗闇に向かって呟く。すると、堪えていた涙が溢れ出した。

「ひ…っ…く…、な、那智、くんの、アホぉっ…!」

堰を切ったように流れ続ける涙も拭わずに、ひたすら文句を繰り返した。

「大っ嫌いぃ…っ…く…」

(わかってるよ。本当に大嫌いなのは、これくらいで嫌な気持ちになる私ってことくらい)



事の発端は、夕方過ぎに雨が降りだしたことだった。
「あ、雨だ…」

仕事が早めに終わった金曜日。家に着いてすぐに雨が降りだした。

(那智君、今日は傘持って行かなかったよね…)

ちらりと傘立てを見れば、自分の傘の隣には恋人の傘が。

(よし、今日は私が迎えに行こう!)

ついでに少し驚かせちゃおうと思いながら、着替えて傘を持って那智君の大学に向かった。



(えーと、那智君どこかな…?)

大学に着いたものの、最高学府と呼ばれるそこの敷地はかなり広い。すれ違いになる前に連絡しようと携帯を取り出した時だった。

「えー!方丈、傘持ってきて無いのかよ?」
「そうだよ〜。あーあ、おれが帰るまでは降らないと思ったのに」

聞き覚えのある声が聞こえてきた。声のする方を見れば、そこには探していた恋人の姿があった。

「珍しいね、方丈君が傘忘れるなんて」

ただし、可愛い女の子達に周りを囲まれた状態で。

「あ、だったら傘入る?方丈君なら大歓迎だし」
「えー、俺は?」
「あんたはゴミ袋でも被って帰れば良いの!」
「方丈君!私の傘大きいし、こっちに入らない?」
「それなら私の傘に入りなよ!あんまり模様ないから男の子でも使えるし」

わいわいと楽しそうに話しているその姿はすごく遠い。それと同時に、自分がひどく場違いな気がした。

(なんだ…傘無くても大丈夫だったんだ)

行き場の無い傘を手にしたまま、足早に大学から離れた。

(…どうしよう、すごく嫌だ…)

どこでも良いから、自分の中でぐるぐると黒く混ざるこの感情を誰にも見られないようなところに行きたいと思った。



(…那智君、結局誰と一緒の傘入ったのかな…)

海を眺めながら夕方の事を思い返す。まだ涙は流れたままだ。

(…みんな可愛いかったし、みんな那智君のこと好きみたいだし、那智君楽しそうだったし…)

溜め息を吐く息が震える。寒さと嗚咽が相まった溜め息は、泣いて詰まった鼻の代わりの口呼吸だ。

(せっかく那智君が一生懸命になれることに出会えたのに…。応援していたいのに…。何でこんなに嫌な子になっちゃったのかな…)

この嫌な気持ちを何とかしてからじゃないと家には帰れない。そう思ってうつむいたときだった。

「真奈美!!」

ざくざくと砂を蹴る足音と一緒に自分を呼ぶ声が聞こえた。

「な…っ」
「阿呆!お前どれだけ人に心配かけたと思ってんだよ!どっか出掛けるなら連絡しろ!!」

那智君、と呼ぼうとした声は、思い切り抱きしめられて最後まで言えなかった。手から離れた傘が砂浜に転がった。

「那智、君…苦しい…」
「そのくらい我慢してろ、アホ真奈美…」

上下する那智君の肩は、今まで必死で探していた証拠だ。

「家帰ったら真奈美いないわ、学校行ったらとっくに帰ったって言われるわ…」

はぁ、と長い溜め息を吐いた那智君は、そのまま私に体重をかけた。

「…すげー心配した」
「ご、ごめんね…」
「そんなんで足りるか大阿呆。んで、何で一人でこんな所まで来ちゃったわけ?」
「え、えーと…」
「正直に言わないと本気で怒るけど」
「あの…」
「まさか、『雨が降ってきたから大学まで那智君を迎えに行ったら女の子に周りを囲まれてる那智君を見て嫌だったから』…なんて言わないだろうな」
「っ!?」
「…やーっぱり。そんなことだろーと思った」
「なんで…」
「学校からはとっくに帰ったって言われた。夕方は雨が降ってた。極めつけに、おれと真奈美の傘がない。おれは持って行った覚えはないし、真奈美はおれの傘を使わないだろ」
「…でも…」
「ちなみに、おれは誰の傘にも入ってないから」
「え…」
「変に期待とかされても困るし。それに、おれ真奈美以外と一緒の傘なんか入りたくない」
「那智君…」
「お前じゃなきゃ意味ないに決まってんだろ…他の奴がいなくなってもこんな探さねーよ…」
「な…なちく…っ」
「だから、お前はそーやって阿呆みたいにおれのこと好きになってれば良いんだよ」
「なち、くん…っ!」
「大好きだよ、アホ真奈美」

だめだった。那智君にはこんな大人気ないところ見せたくなかったのに。抱きしめられて好きだと言われたら涙がまた流れだした。わぁわぁと泣く私の頭を撫でる那智君の手はすごく優しい。

(ごめんね。今は嗚咽が邪魔してちゃんと言えないけど)

泣き止んだら絶対に伝えたい。

(…私も、那智君のこと大好きだよ)







(「あ、でもちょっと訂正させて」)
(「え?」)
(「真奈美と慧以外の傘になんか一緒に入らないってことで。あ、慧がいなくなっても真剣に探すし心配する」)
(「えーと…わ、わかった…」)
(「まぁ、真奈美が一番だけどね」)





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