Vitaminもの2
□夏の天敵
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「ほーら、あと10回」
「うぅ…わ、わかってます…っ」
「…ん、あと9回な」
とある休日。至近距離で向かい合わせの私と一君。このドキドキが疲労からくるものなのか、そうじゃないのか区別が付かない。
半ば諦めながら私は仰向けになって天井を仰いだ。あぁ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう…
夏も間近のとある休日。少し前から同棲している一君と、まったりゆったりと過ごしていた。
「あー、何か海行きたくなってきた…」
「突然どうしたの、一君」
「いや、なんとなくだけど。海行きてーなって」
「ふふ、確かに海って楽しいわよね」
「だよなー。去年は翼のやつが屋内にハワイの海とかもちこんでたけどさ」
「あれは本当にびっくりしちゃったわよね」
懐かしい去年の夏休みの話。他のみんなは今頃元気にしてるのかな。
「…で、どう?悠里さん」
「へ?」
「あーあ、やーっぱり聞いてなかった」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「『他のみんなは今頃元気にしてるのかな』とか言っちゃってたし」
「やだ、言っちゃってたの!?」
「まったく…悠里さんときたら俺と言うものがありながら他の男のことなんか気にしちゃって…」
「一君、ちがうってばそういう意味じゃなくて!」
「ハハッ、冗談だって。悠里さんそういうとこホント可愛いよな」
「かっ、からかったわね!」
「ごめんごめん。んで、悠里さん的にはどう?夏休みになったら海行くの」
「行きた…いや、待って。ちょっと待っててね!」
そういいながらお風呂場に直行。ドアを閉めてからちらりと服をめくってみると、そこはかとなく太ったような気がしてならない。
「いや、気のせいよ気のせい。いやでも最近新発売のお菓子とか色々食べちゃってたし。それに一君ってばごはんを美味しそうに食べるんだもの私もつられちゃったりとか…」
しかし考えれば考えるほど太ったという結論にしか辿り着かない。
「しかも一君ってば普段のままでも格好良いのに海とか…海とか!」
引き締まった身体、さわやかな笑顔、整った顔…注目を浴びること間違い無し!その隣にいるにはちょっとまずいわ!!
「…ダイエット、決行しないと!」
決意の意を込めて、お風呂場の扉を勢い良く開けて部屋に戻る。部屋には苦笑いをしている一君の姿があった。
「おまたせ、一君」
「あー、別に大して待ってないって言うか…まぁ何考えてたかはわかったけど」
「え?」
「ダイエット決行するんだろ?」
「…っ!」
いきなり出鼻を挫かれるなんて思わなかった。
「何で…」
「いや、だってダダ漏れだったし」
「はっ、一君聞いてたの!」
「聞いてたってか聞こえてきたってか」
「乙女の心情を何だと思って…」
「俺だって聞かないほうがいいのかな〜とか思ったわ!けど『一君』なんて単語聞こえてきたら聞かないとか無理に決まってんだろ!」
「どこまで聞いてたの!?」
「全部!気のせいから新発売のお菓子から俺から俺についてまで!」
「いやー!!」
本当に全部聞かれてた!恥ずかしくて死にそうなんですけど!!
「…てゆーかさ、別に悠里さんダイエットとかしなくていいんじゃねーの」
「え…きゃっ!」
突然一君に引き寄せられて腕の中にすっぽりと納まってしまった。
「ほら、別に重くないし。お腹周りも…」
「チェックしなくていいわよ!」
「えー」
「『えー』じゃないの!いいから離して〜!」
「うーん…別に大丈夫だと思うんだけどなぁ」
「一君ってば!」
「あ、そんなに気になるならさ、これから毎日腹筋鍛えてみるとか?」
そう言うが早いが、一君がいきなりくすぐり始めた!
「え、鍛えっ…て!あはははは!ちょっと、待って!あはははは!」
「ほーら、こちょこちょ〜。これで腹筋鍛えられるって」
「ま、待ってってば!あはははは!はじ、はじめくん!あはははは!あははははは!…って、こらー!」
「おわ、止められた」
ぜぇぜぇと息を乱しながら、やっとの思いで一君の両腕をつかんで止めた。
「あのね、一君…普通にストレッチするからね…これはやめて…」
「名案だと思ったんだけどなー」
「名案じゃないわよ!もう…普通に毎日腹筋しますよーだ」
「はいはい。んじゃ、俺が足押さえてやっから」
「え、今から?」
「善は急げって言うだろ」
「うぅ…」
周りのものを片付けて、床に仰向けになった私の足を一君が押さえた。
「え、そんな両腕で押さえなくても」
「あれ、俺部活で筋トレする時いつもこうだったんだけど」
「そうなの?」
「そうそう。んで、悠里さんは胸の前に腕置いてそのまま起き上が…って、悠里さん?」
「…な、なんでもないわ…」
一君が不審そうな顔でこちらを見る。上半身を起き上がらせて、いきなり床に逆戻りして両手で顔を隠したんだからそれは仕方ないけど…でも、でもね!
「おーい、悠里さん。やらねーの?」
「やっ、やる!やるから…ちょっとどいて」
「何言ってんだよ。押さえてるって言っただろ」
「あの、そうなんだけどね…その…」
「その?」
「か、顔が近い…の!」
あぁ言っちゃった…。おそるおそる顔を隠していた両手を外してみると、一君がなにやら意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「…は、一君?」
「よーし、悠里さん。夏に向けて腹筋頑張ろうか!」
「なんでそんなにノリノリなの一君!」
「はい、いいから腹筋開始〜」
なんだろう、きっとこれは早く終わらせたほうがいい気がしてきた…!そう思って床に着いていた上半身を起こすと、いきなり唇に柔らかい感触が。
「…ん、はい1回目」
「なっ、はっ、はじっ…はじめくん!?」
「ほら、続けて続けて」
「だって、いま、き、キスしたでしょ!」
「んー、悠里さんの顔が近くにあるとキスしたくなるからさ」
「そんなの…っ」
「悠里さんは俺とキスしたくない?」
「それとこれとは話が別です!」
「じゃあしたいってことで。はい、あと29回!」
「…一君の意地悪…」
「意地悪じゃねーよ!悠里さんの筋トレにもなるし、悠里さんとキスできるし、完璧だろ!」
そういいながらも一君の表情は意地悪そうな笑顔のまま。絶対面白がってやってるんだから!
「…絶対やせてやるんだから!」
「その意気その意気」
こうして夏までの間、私と一君の甘すぎる筋トレ生活が始まるのであった…。