Vitaminもの2

□初夏の1コマ
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【窓際の卑怯者】

「あーーーー…暑い…あーづーいー」

窓を全開にしながら、夏の相棒、卓上扇風機2号に向かって『暑い』と言って夏の風物詩である宇宙人を実行。
自宅に帰っても、というか、扇風機があったら基本的にやる。最早日本人の遺伝子に刷り込まれてんじゃないかってくらいだと思う。
つまり、実家にいた頃もやってた。ていうか、みんなやるよな、これ。俺だけじゃないよな、これ。

(こちら都内某所、聖帝学園内、語学準備室。じめじめとした湿気ともやもやした気温に包まれております)

宇宙人リポーターよろしく口パクで暑さを誰にともなく伝える。
クーラー?ついてるよ、物理的には。動くのは今月の半ばから…あー、立ち上げたパソコンの排熱が暑い。
いや、本当は職員室に行けばもうちょっと日当たりは控えめなんだけどさ…。

(…なにが恥ずかしいって、間違って声に出しちゃったり…てか、口パクを見られる時点でめちゃめちゃ恥ずかしい!)

夏の空調温度が高めに設定され始めた数年前。まだ卓上扇風機1号だった頃に職員室で宇宙人リポートをやらかした記憶が蘇る。
あの時の二階堂先輩の呆れた顔と、衣笠先生と鳳先生の苦笑い、九影さんと葛城さんの爆笑、学年主任と校長の引きつった顔は記憶に新しい。
その後慌ててごまかそうとして、ぶつかって床に落とした卓上扇風機1号は購入後1週間で天に召されて廃品回収(と言う名の葛城さんの懐)へ。

(うわああああ、恥ずかしい!思い出しただけでうわあああああ!!)
『こらー!待ちなさーい!』
「ほぁっ!?」

突如聞こえてきた声にびっくりして変な声が出た。
まさか南先生に見られた!?まさか!!嘘だろ!!?

(…って、なんだ、外か…)

扇風機を止めてこっそりと外の様子を窺うと、大きな白いものが中庭を足早に歩いているところだった。

(あー…斑目のやつ今日も逃げ回ってんのかよ…)

その後ろから、桜色が小走りで白いものを追いかけていた。

(…てことは、さっきのは斑目に向かって言ってたのか…見られてなくて良かった)

そして斑目のヤツ足速いな。リーチの差か、このやろう。俺だってそのくらい…ダメだ追いつけなくて転ぶ光景が浮かんだ。

(…そりゃ俺が探し回ってるときだって逃げ回ってたけどさ。)

いや、逃げ回ってたっていうか、俺が探したときは全然、全っ然、まっったくもって、これっっっぽっちも見つからなかったけど。
あれ?追いかけたことってあんまりないのか?いや、追いかけたけどすぐに見失ったっていうか。

(逃げ回るってことは何か?斑目のヤツ、ワザと見つかるようにしてんのか?)

いや、でもあの超絶眠たがりの斑目がそんな面倒なことするわけがない。
なんかよくわかんないけど誰にも見つからない場所でぐーすか寝るだろ…と、いうことは。

(…先生が、斑目のこと見つけるのすごく上手い…ってこと?)

例えば、発信機をつけてるとか。

(…いや、勘のいい斑目のことだし。早々にバレそうな感じがする。うん)

例えば、斑目の行き先を予測してるとか。

(…いやいや、この前高等部来たばっかだし。そんな短期間にわかるもんなの?俺未だにさっぱりわかんないけど)

例えば、トゲーと裏でこっそり手を組んでるとか。

(…いやいやいや、草薙じゃあるまいにトゲー語なんてわかんないって。てか、それ以前にあのトカゲが斑目より先生をとる理由がないだろ)

「…あー、だめだ。考えてもわかんないし。こっちも仕事終わらせなきゃ」

俺だって遊ぶためにこの部屋来たんじゃないし。クラスAのテストの採点だから気を抜けないんだよ。
や、別に他のクラスでは気を抜いてやってるわけじゃないけど。
他なら「真田先生気をつけてよー」くらいですむ採点ミスを糾弾されるからマジで怖いんだよクラスA。

(…あ、下校のチャイム鳴っちゃった)

斑目が振り返って南先生に何か言ったみたいだけど、ここからじゃ全然聞こえない。
でも、南先生の悔しそうな表情を見れば大体何を言ったかは予想できる。

(多分、『下校のチャイム、だね。じゃあ、帰る』とでも言ったんだろうなぁ…)

予想通りなのか、中庭の桜色は立ち去る白を追いかけなかった。

(あらら…お疲れ様、南先生)

じゃ、こっちも採点を始めますかね、と赤ペンを持ってふと気付いた。無風だ。
無風というか、もやっとしてるというか。顔を汗が伝わる感触がする。

(やば、テストに汗落とさないようにしなきゃ)

慌ててハンカチで汗を押さえてギリギリセーフ。本当に危ない。
…あれ?もしかして…

(室内で座ってた俺がこの汗ってことは、南先生…すごく暑いんじゃないの?)

ただでさえリーチに差があるってのに。
そんなやつが早歩きしてるの追い掛け回してたら。
予想通り、中庭から引き返す南先生は遠くで見てもわかるくらい暑そうにしていた。

「…そりゃそうだよ…」

でも、きっとこの後も残って斑目の補習用の教材を作る。
授業の準備だってある。テストの採点だってある。
…職員室もきっとそんなに涼しくない。

(…なに、やってんだよ、俺…)

後輩の女の子が、1人で暑い中問題児の補習をしようと奮闘していて。
自分はそれを眺めていただけで、手伝ってもいなくて。
あまつさえ、その女の子が気になるとか…

「好き、だとか」

…あの時、あの場所で、恋に落ちた。
まだ名前も知らなくて、ほとんど話したこともなくて。
2年間、気になるって思って。今年やっと、同僚になって。

(その結果がコレかよ)

こんなのって。

「…ありえないだろ…」

だから。
本当に、せめてもの、僅かな、自己満足の。



罪滅ぼしをさせて。



そして、知らないフリをして笑いかける俺に、その笑顔を見せて。

















あぁ、どうして。
おれって、すごくすごくすごく、かっこわるいんだ。
そして、どうしようもなくよわくて、みっともないんだ。
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