Vitaminもの

□ホットケーキパン
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「ホットケーキミックスよし、卵よし、牛乳よし、気合よし!!」

とある休日の朝。ホットケーキを作ろうということになったのは、数時間前の買い物で見つけたとある物があるからだ。

「もしコレができたら、衝さん喜んでくれるかしら…」

普通のフライパンよりも小さなそのフライパン型のそれは、パッケージに大きな文字で『エキセントリックマホットケーキパン』と書かれている。そのホットケーキパンでホットケーキを焼くとエキセントリックマの焼き跡のついたホットケーキが作れます!という売り文句のものだ。
せっかく今日はお昼から衝さんが来てくれるんだから、可愛いホットケーキを出してビックリさせたい!

「ふふっ、楽しみだな〜。よーし、早速作りましょ!」

鼻歌を歌いながら材料を混ぜて生地作りを始めた。ここまでは調子が良かったのよ。そう、ここまでは。




「あっ、またくっついちゃった!」

もう何度目だろう、ホットケーキパンにホットケーキが焦げ付いてひっくり返せない。
なんとか剥がしてはみるものの、ホットケーキも見事にぐちゃぐちゃ。とりあえず焼いて皿に置いてはみたが人には出せない代物だ。

「また洗わないと…うーん、なかなか難しいわ」

普通のホットケーキと同じようなものだと思っていたのに、なかなかに手ごわい。サイズもフライパンより小さいためか、いまいち勝手がつかめない。焼き跡がキレイに付くように…と、(かなり)多めに入れた牛乳が仇となったか。

「もう普通に焼いたほうがいいのかしら……ううん、絶対に成功させてみせるんだから!」

こんなところで諦めてたまるものですか!ホットケーキパンを洗いながら更なる闘志を燃やしたところだった。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。

「え、あ、もうこんな時間!?はーい、今行きます!」

ドアを開ければ、そこにあるのは恋人の姿。そうか、もうお昼になってたのか。

「こんにちは」
「こんにちは、衝さん!」
「…何か料理でもしていましたね」
「え、あ、はい。なんでわかったんですか?」
「その服装を見ればわかります。あとは…少し香ばしい匂いがしたものですから」

その服装、と言われて思い出した。そう言えばエプロンをつけていたっけ。

「部屋に入ってもよろしいでしょうか」
「あ、はいどうぞ!…散らかってますが」
「お邪魔します」

いつもそうだけど、衝さんが私の部屋に入るときには必ず『お部屋に入ってもよろしいでしょうか』と聞く。生真面目な衝さんらしいな、と思う。

「何を作っていたのですか」
「ホットケーキです!あと少しでできるので座って待っててください」
「わかりました」

さて、衝さんも来たことだし、今度こそ成功させなければ!



「…あ、あれ?またくっついちゃった…」

どうしよう、衝さんのこと待たせてるのに。ここにきて、またもや失敗するなんて。しかも作った生地を使い切ってしまった…。
そんなことを考えたときだった。

「大丈夫ですか、悠里」
「衝さん!?」

キッチンの入り口から聞こえてきた声に振り返れば、待たせている本人の姿が。

「なにやら困っているようでしたので」
「え、えっと…あはは……だ、大丈夫です…よ?」
「…」

じーっと、衝さんはこっちを見つめてきた。思わず目が泳いでしまう。

「ハァ…何を隠しているのか正直に話しなさい」
「うっ…えーと、その」
「話しなさい、悠里」

……だめだ。この人に隠し事はできないみたいです……。



「…つまり、このホットケーキパンでホットケーキが作りたかったと、そう言うことですね」
「はい…」

これでホットケーキを作りたかったこと、でも焦げ付いてなかなかうまく作れなかったこと等々…。本当は驚かせたかったのになぁなんて思いながら、私は衝さんに話した。

「ふむ…なるほど」

くるくると、ホットケーキパンをひっくり返しながら衝さんは言った。

「わかりました。少しこれらを貸していただけますか?」
「は、はい、どうぞ」

そう言うが早いが、衝さんはホットケーキの生地を作り、そしてホットケーキパンに挑戦したのだった。




「キレイに焼けましたね…」
「あれは通常のフライパンよりも小さめにできています。ですから、余熱を利用して焼けば焦げ付かなくなりますよ」
「そっか、余熱で焼けば良かったんですね」
「そうですね。あとは裏側は普通のフライパンで焼いてしまえばいいでしょうし、そこで表の焼き色も調整できます」
「なるほど…」

二人でフライパンやらボウルやらの洗い物をしながら、ホットケーキパンについての話をしていた。テーブルの上のお皿には、衝さんが作った『完成するとこんな風になります!』という見本そのもののホットケーキが重なっている。

「さて、洗い物もおわりましたし、むこうで食べましょうか」
「そうですね、衝さんの作ったホットケーキ、可愛くて美味しそうで楽しみです!」

メープルシロップとバターを持って、私達はキッチンを後にした。




「なんで衝さんのところにそれが!?」
「…何か問題でも?」

せっかくあんなにキレイなホットケーキを作ったのに!
そのキレイなホットケーキは私の目の前のお皿にそれはそれは可愛らしく乗っていて、
そしてなぜか衝さんのお皿には私が作った例のぐちゃぐちゃホットケーキが乗っていた…。

「悠里が私に作ってくれたものですから」
「だって失敗しちゃったし…」
「これから練習すれば良いでしょう」
「それに衝さんが作ったホットケーキの方がキレイなのに…」
「それは貴女のために作ったものですので」

これ以上の質問は受け付けません。と言って衝さんはホットケーキを食べた。

「美味しいですよ、悠里」
「うぅ…次は成功できるように努力します…」

目の前にある目標にフォークを刺して一口。美味しいし可愛いしで、改めてすごいなと思った。

「では、こうしましょう」
「はい?」
「貴女がこのホットケーキパンでホットケーキを作る練習をするときは、私の家で練習しましょう。無論、私も同席します」
「はい……はい?」

返事をしてから気付いた。私の家…って、衝さんが言うんだから衝さんのお宅ですよね!?しかも同席って指導つきってことですよね!?

「一人でやるよりかはコツが掴みやすいでしょう」
「だって、その…ご迷惑になるかと」
「提案しているのは私ですから、そのようなことは気にしなくてよろしい」
「えっと…」
「それに…私としても、悠里が作ったエキセントリックマホットケーキを食べられるようになるのは悪い事ではありません」

それは、期待しててくれてるって、思ってもいいんですか…?

「それで、返事は?」
「は、はい!喜んで!」
「よろしい。約束の破棄は受け付けませんので、頑張ってください」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

こうして私は、翌週から優秀な師の下でホットケーキ作りの練習をすることになったのだった。




(そのうち、お互いの家に入るときには『ただいま』と言えるようになりたいものです)

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