彩雲国夢【男主】 長編

□出会い
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泥だらけになった少年がただ一人、真っ赤に染まる邸で空を見上げて泣いている――――。





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『邵可様、すみません・・・。』
「吟愁が謝ることなんて何一つないよ。ほら顔を上げて、私達はもう家族なんだから遠慮なんていらないよ。」


吟愁と呼ばれた少年は下を向いていた顔を上げて、前に立つ邵可様、の目を見つめる。

『はい!』

吟愁は先ほどの暗い表情など吹っ飛ばして、明るい笑顔で頷いた。
それに邵可は目を細めて、微笑む。


少年、紅吟愁は今日、紅家長子である紅邵可の家族となった。
吟愁は一応紅の姓を名乗っているが、紅家とはかなり遠縁で、邵可とはほぼ他人、と言っていいほどの立場だった。
しかし、邵可はこの貴陽に来たばかりの若い頃、もともと貴陽に住んでいた吟愁の両親にお世話になり、その縁で吟愁を引き取ることになったのだ。


「まだ、色々辛いと思うけど、我慢しないで私達を頼っていいんだからね?」
『はい。ありがとうございます。』


吟愁の両親はつい先週の間に立て続けに亡くなり、邵可はそのことで吟愁を大変気遣っていた。
その優しさに吟愁はいつも哀しそうに笑うだけだった。


邵可は前々から吟愁には自分の家族の話をしていたが、今日初めて吟愁は面会する。
邵可は少しずつでいいから我が家で吟愁の心の傷が癒えることを願っていた。

そうこう思っているうちに邵可邸についてしまった。
「ただいま。」
そう邵可がいうと、邸の奥から小さな影がこちらに駆けてくる。
「とーさま!おかえりなさい!」
その小さな影とは邵可から話によく聞く娘の秀麗だと理解した吟愁は秀麗の目線にあわせる様に腰をかがめる。
秀麗は吟愁を期待いっぱいの目で見つめてくる。
きっと前もって吟愁の事を聞いて会うのを楽しみにしていたのだろう。
『初めまして、俺は紅吟愁。よろしくな俺の妹君。』
吟愁は少年らしい爽やかな笑顔で秀麗に自己紹介をする。
秀麗は吟愁の笑顔に表情を輝かせて喜んだ。
「よろしくー。にぃに!」
『にぃに、か・・・。なんか照れるなー。』
吟愁は手を頭に当てて照れ臭そうに笑う。
そんな光景を邵可は微笑ましく見ていると、奥から自分の妻と、もう一人の息子を言える青年が出てきた。
「おぉ、そのかわゆい子が吟愁じゃな。」
邵可の妻である薔君は噂どおり絶世の美女で吟愁は一瞬戸惑う。
『は、はい・・・。邵可様から常々お話を伺っていましたが、本当にお美しい・・・。これからお世話になります。奥様。』
「吟愁、遠慮は無用じゃ。妾と背の君はお主をほんに息子と思っておるからのう。」
『はい、奥様。』
笑って頷く吟愁に満足そうに薔君は頷いて、後ろに振り向く。
「では、静蘭。お主もはよう吟愁に挨拶をするのじゃ。」
静蘭と呼ばれた青年は薔君にぐいっと引っ張り出され、吟愁の正面にたった。
「・・・・・・茈 静蘭だ。」
静蘭は吟愁のことを少し警戒したように短く言うだけだった。
それに隣にいる薔君に頭をぺしっと叩かれて怒られていたが、吟愁はそんなことは気にした様子もなく口を開く。
『よろしく。えぇっと、静蘭って呼んでいいのかな?それとも兄貴?』
静蘭はあからさまに嫌そうな表情をし、静蘭でいいとだけ言った。
薔君は静蘭が初対面の相手に表情を露するのが珍しいとばかりに観察していた。
(ふふふ。吟愁は静蘭と相性がいいのかもしれんな。)
そう薔君は密やかに微笑みのであった。
考えは邵可も同じようで、吟愁と静蘭を温かい眼差しで見ていた。
その下にいる秀麗は新しくできた兄にきらきらとした眼差しで見ていた。




『よし!秀麗遊ぶか!』
「うん!」

吟愁はあっという間に秀麗と仲良くなり、本当の兄妹のように庭で遊んでいた。
秀麗はパワフルで明るい笑みを浮かべる吟愁に必死に着いてまわり、本当に楽しそうだった。
邵可と薔君は二人でお茶をしながら、庭を駆け回る子供たちを見ていた。
「ほんに吟愁はいい笑顔で笑う子じゃ。ほれ、秀麗があんなに懐いておる。」
「本当だね。しかし、逆に元気が良過ぎて少し心配になってくるよ・・・。」
二人の会話をこっそり聞きながら、静蘭は隣でお茶を入れる。
静蘭は自分の楽園にいきなりやってきた吟愁をまだ家族と認められずにいた。
そんな吟愁が一体何者なのか、一つでも情報が欲しいとこうして耳を澄ましてうすのだった。
話をする二人はそんなこととはついにも知らずに心配そうに吟愁を見つめる。
「確かにそうじゃな・・・。だが、あれは無理にではないじゃろう。」
「そうかも知れないけど、まだあの子の両親が亡くなって一週間も経っていないよ・・・。五歳の子供が両親の死を辛そうにしないことが私は不思議に思ってしまって。もしかして、何かがあるのではないかと案じてしまって・・・・。」
邵可は哀しげにその目を細める。
隣の薔君はやれやれ、と言ったようにため息をつく。
「吟愁の親が亡くなって辛そうにするのは背の君の方ばかりじゃな・・・。ほんに、吟愁は強い。きっとあの子はあの子なりに自分の両親の死を受け止めたのじゃ。」
「・・・・そうだね。」

邵可はやり切れない表情でお茶を一口飲む。
その間、静蘭は吟愁の両親がつい最近亡くなっていること知り、少し戸惑っていた。
へらへら笑う吟愁はきっと両親に愛され、ぬくぬくと大切に育てられたのだと静蘭は思っていた。
この邵可邸に来たのは少し間預かっているくらいのことだと思っていた。
自分の両親が亡くなったのに何故笑っていられる・・・?
静蘭は複雑な思いが交錯した。

自分だって人のことを言えた義理ではないとか、
吟愁の両親は一体どうして死んだのか、
そして一番疑問なのは、吟愁の元気の良さだった。

静蘭は庭で秀麗を手を繋いで走る吟愁に視線を向ける。

(・・・・一体どんな気持ちで笑っている。)












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