(夢話2)

□兄貴と花屋のお姉さん
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やさしい香り





兄貴と花屋のお姉さん





日の高く昇る平日の昼、疎らな歩道を小さな黒い生き物が人の足元を巧く避けながらすいすいと
進んでいく。それは明らかに異星人であったが、誰一人、その姿に気が着く者はいなかった。

「ふむ。地球は、狭いな」

ぽつり、と低い声で呟いたガルルは、迫ってきた足を僅かな動きで避けていく。
狭いと言いつつも、広く別の美しい場所を見たいと思わずに、弟が住みついているこの場所を見
たいと思う辺り、自分は矢張り結構ブラコンなのかもしれない、と普段表情らしい表情の浮かばな
い顔に微かに苦笑が浮かぶ。
治安は悪くない。しかし、この場所は狭く雑多で、息苦しさを感じた。

(暫し、滞在しようかと思ったが、帰るか)

なるべく歩道の端に寄りながら、ふ、と鼻先を掠める柔らかな匂いにぴたりと歩みを止めた。

(これは、花、か)

見上げると、こじんまりとしたレトロな雰囲気の花屋がある。
足休めにいいかもしれないと思い、女性客がガラス張りの扉を開けたとき、端からするりと店内へ
進入した。
店内は花の匂いが強く、甘くもあり爽やかでもある様々な匂いが入り混じっていた。
見た事のある花はあるにはあるが、名前は知らない。それでも見たことのないような種類の方が
多いようだった。
その一つ一つを眺めて、名札を見ていく。

「あら」

女性の声が傍らから聞こえ、

「!」

近寄ってくる気配にはっとして、身構える間もなく、ガルルの緊張に強張った顔をしゃがみ込んだ
女性が覗き込んだ。
ぎくり、と身体が強張り、警戒を解いていた己の不甲斐無さに心中、舌打ちした。見えるかもしれ
ない、という可能性をすっかり失念していた。本当に稀ではあるが、それでもケロロ小隊の傍らに
そういった地球人がいるのだから忘れるべきではなかった。
それでも、その焦りを面に出さずに、さてどうするか、と冷静に判断し始めたあたり、矢張りケロロ
らとは経験も肝の据わり具合も随分と違うが。

(記憶を消す、というのが一番無難であろうな)

無表情のまま物騒なことを考えていると女性はにこり、と微笑んだ。

「珍しいお客様ですね。どちらからいらしたんです?」

微笑んだまま女性はバケツ一杯に入っていた花を一束抱えて、隣のバケツからも一束取り出した。
柔らかな雰囲気を纏った女性を、探るように暫く見ていたが、その中に敵意も何も感じられない
事を確認しガルルは視線を外すと、花を眺めた。

「ケロン星から」
「まあ、遠い星から来られたんですね。休暇ですか?」
「ああ」

そうですか、と女性は笑ってエプロンのポケットからハサミを取り出すと、花の裾をぱちりと切った。
騒ぐでもなく、好奇心に駆られるわけでもなく、不審な動きをするわけでもなく、ただ普通に客に
対応するだけの、店員であるこの女性は、珍しく、新鮮だった。
それに、そういった人柄であるのだろう、彼女は警戒心を抱かせない雰囲気を持っている。

「その、花は、何と言う名だ?」

女性に抱えられている大きな蕾を持つ花を指し、尋ねる。
女性は笑みを深くすると一本取り出して、手首に巻いていた淡い桃色のリボンをするりと解くと
その花の茎に巻きつけ結ぶ。

「これはチューリップという花です。今の季節、とても綺麗に咲いてくれるんですよ」

どうぞ、と差し出され、受け取る。

「お土産にでも。もし、まだ滞在なさるなら、いらしてください。花の名前、お教えしますよ」

何を考えるでもなく、頷いていた。
まだ、いてもいいかもしれない、と思った。





***

お兄さんの話。
ていうか名前出てないよこれ。

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