05/16の日記

20:46
短編・「迷惑かけて御免、有り難う」
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加賀、某所。

「けぇーぃーじーっ!」
「ちょ、ちょっと待ってってまつ姉ちゃん!」

これは最早、何時もの光景である。
薙刀を振りかざし、甥である前田慶次を追い回すまつ。逃げる慶次。

「今日ばかりは許しません!」
「だーかーらぁ、ちゃんと訳があるんだって!」
「では何故逃げるのです!」
「まつ姉ちゃんが鬼の形相で追っかけてくるからだろ!?」

慶次は何時も通り、前を見ずに走る。
不運なことに、新しく入ってきたばかりで良く状況の分かっていない女中が、慶次の前に立った。
危うくぶつかりそうになって、慶次はすんでの所で止まった。
後ろから追いかけていたまつが追いつき、慶次の首根っこを掴む。
「捕まえましたよ、慶次! 良いわけも弁解も聞きませぬ!」
慶次は抗議しようとして諦め、なすがままに引きずられていった。



「全く貴方と来たら毎度毎度悪戯ばかり…。女中の隙を見て厨を荒らしたと思ったら、挙げ句の果てに共に居た犬千代様を置いて一目散に逃げ出すなど」
「そこ? 一番悪いのそこ? しかも利はお咎め無し?」
「そんな訳が御座いませぬ。犬千代様も今日の夕餉を少なめに致します」
「減らすだけかよ。どうせ俺は抜きなんだろ」
「当たり前です」

慶次はすねたようにそっぽを向いて、そのまままつの説教を聞いた。



次の朝早く、まつがを覚ますと。
「……あら?」
襖が開かなかった。がたがたと力を入れて引いてみるが、開かない。
「何方か、何方か居られませぬか?」
人の気配はうっすらとするのだが、誰も襖を開けない。

その後も何度か人を呼んだが、やっと襖が開いたのは日がいくらか登り、何時もなら朝餉をとる時間になってからだった。

開いた襖の向こうに居たのは、昨日慶次の逃走を阻止した女中だった。手には襖を開かないようにするのに使ったらしい棒を持っている。
「あの…、まつ様、お早う御座います。その…慶次様と…、」
「また慶次が何かしたのですか!?」
「え、あ…何かした、と言うか…」
気の弱そうな女中は、しゅんと小さくなって言う。
まつは答えを最後まで聞かず、直感に従って厨に向かった。
「あ…、まつ様…」
女中が呼び止め走り出したが、間に合う筈もなかった。


厨には誰も居なかった。
代わりに、何時もと物の配置が僅かに違っている。
「………?」
「まつ様っ」
走って追いかけてきたのだろう女中が、息を切らしながら告げる。
「こちらへ」
まつは首を傾げながら、女中に従った。


そこは、何時も朝餉を取る間だった。
閉められていた襖を開けると、慶次と利家が座っている。
それぞれの前と一番上座の位置に、何時もより僅かに見栄えの悪い膳が置かれている。
慶次が照れくさそうに頭をかいた。利家も同じような仕草をする。

「本当は、昨日の昼餉でも作れればいいかなって思ってたんだけど…」
それで、この膳は慶次と利家が作った物なのだと気付く。
「昨日はまつ姉ちゃんに見つかっちまったし、説明するのもこっ恥ずかしかったし、俺何時もの癖で逃げちゃったし」
まつは自分の分なのだろう膳の前に座った。
よく見ると、料理に慣れていない者が作ったことは一目瞭然だった。
その不器用さに、目頭がじんわりと熱くなる。


「慶次…犬千代様…」
「俺と利で話し合ったんだよ。俺たちいっっつもまつ姉ちゃんに迷惑かけてっから、こんな事でも恩返しが出来たらなーと」
良い訳をするように、慶次が言葉を並べる。

「いただきまする」

手を合わせてそう言ってから、味噌汁を一口飲んだ。
塩辛い。どうしてこうなったのだろう、と言う味がする。

「まだまだ…にござりまする」

そう呟くと、慶次と利家が一様にしくじった、と言う顔をした。
それから二人揃って手を合わせいただきます、と呟き、味噌汁を口に含む。全く同じ様に顔を顰めた。

「やっぱり、まつの飯が一番だぁ」

利家が情けない声を出した。慶次は何も言わないまま。味噌汁の椀を置く。

照れくさそうに笑って、言った。


「何時も迷惑かけて御免、有り難う」



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☆コメント☆
[螢] 05-20 19:23 削除

あ、あの、もしかしてもしかしなくても、螢がリクエストさせていただいたまつの夢小説ですよね
すっごくおもしろかったです!慶次も利家も、力は強そうだけど不器用そうだし、まつの利家ひいきなところも、微笑ましくて心があったかくなりました!

本当にありがとうございます!

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