tokiya/long

my song, his truth
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6月になった。

体育祭も終わって、年度始めの学校行事がひと段落してくる頃。
ようやく普通の授業ばかりの、学生らしい毎日が始まった。
そろそろこの学園やクラスのメンバーにも慣れてきた私は、目下日々の授業についていくのに精一杯になっていた。

ボイストレーニングから始まり、発声方法、作詞、ダンス、さらには演技や番組収録の実技まで…。
私には知らないことが多すぎる。

もともとこんな世界に飛び込むつもりが全くなかった私には、こういったことについての知識がほとんどない。そんな私に比べ、他のみんなは…芸能界を目指してこの学園に来ているのだから当然だ。私なんて最初は楽譜も読めなかった…。
毎日毎日授業を受けるたびに周りとの差が痛いほどにわかって、私は必死になって勉強していた。


周囲との熱意の差、実力の差。それらに起因する居心地の悪さ。劣等感。未だに見つかっていないパートナー…。
先月、その答えを求めてぐるぐると繰り返した先の見えない自問自答。

だけど。

もう、悩むのはやめた。

自分にない実力は、今から身につけるしかない。嘆いていても仕方ない、どうにもならないから、なにかやるしかない。それでみんなに追いつけるかはわからないけど、居心地の悪さや劣等感なんて、その熱意でかき消してしまおうと思った。マイペースに、周りのことなんて見ないで、比較しないで、私は私のことだけに集中しよう。

パートナーが見つからないのは、もう仕方ない。それはパートナーを見つけることをあきらめるっていう意味じゃなくて、自然に身を任せて結果を待ってみようってこと。納得のいかない相手と無理に組んでも満足できる結末にはならないだろう。努力すれば見つかるものでもないだろうし、焦ってもいいことはない。こればっかりは運命じゃないかって。

でも、努力していればいつかその運命も引き寄せられる気がするんだ。もしパートナーが見つからなかったとしても、精一杯努力していたならきっと後悔しない。だから今はとにかくがむしゃらに努力を積み重ねよう。

最近は先生にもよくお世話になっている。わからないことを尋ねに行けばきちんと教えてくれる。私の身の上を理解してくれてるようで、丁寧な説明がとてもありがたい。そのおかげか最近は少しずつだけど音楽の世界がわかりはじめて、歌の練習や音楽の勉強がとても楽しい。この学園内の施設は何でも好きに使えるから、今では放課後になるとレコーディングルームにこもるのが私の日課になっている。
歌っては録音して、聞いて改善点を洗い出し、試行錯誤しながらまた歌って…。

自分の声を録音して聞いてみるということは私にはひどく新鮮だった。あの丘でアカペラで歌うだけだったのとは違い、聴き手の立場になってみると、その歌に何が足りないのかがはっきり見えてくる。先生もときどき様子を見に来てくれてアドバイスをくれたりして、それを意識して歌い直せば、自分の歌がよりよくなっていく手ごたえを確かに感じる。自分の努力が進歩となってちゃんとかたちになっているように思えてうれしくて、私はどんどん歌に没頭した。

今月末にはレコーディングテストが実施される。今はその課題曲を練習中だ。そこで、自分のありのままの実力を試したい。今の私の最善を出せるようにがんばろう!


私がこんな風に思えるようになったのは、一ノ瀬くんの言葉のおかげが大きいと思う。

「迷ってもいいのではないか」

迷いを肯定するような言葉が私をその迷いから助け出してくれたなんて不思議だけど、私はとても感謝していた。迷いを振り切るきっかけをくれた、一ノ瀬くんに。







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