tokiya/long

はじまりの la campanella
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あの日、丘の上で歌うあいつの姿を見たとき、俺にも何か感じるものがあった。

本人は気付いてないんだろうが、あいつは一般人とは違う、何か特別な空気を持ってる。オーラっつーやつなんだろう。ひとり、静かに歌うあいつ…○○の声に、俺も自然と惹きつけられ、聞き入った。これは逸材だと、俺の直感もそう言っていた。社長がすかさずスカウトに走ったのもうなずけるってもんだ。

これは特例だ。学園が設立された当初こそ社長がひとりひとりスカウトしてたが、うちの事務所の名が売れてからはそれもなく、入学するためには高倍率の選抜試験をくぐりぬけなきゃならない。それを経ずに、しかも、やむを得ない理由があるとはいえ、ひと月も遅れての入学…実力がなきゃ、認められることじゃねえ。

しかし、○○ならできるだろう。それだけの素質を、あいつは持ってる。でなきゃ、社長がこんな特例を認めるわけがない。スカウトのときの熱意を見るに、社長はだいぶ○○に肩入れしてるみてえだからな。

だが、あいつはまだまだ原石だ。○○は、俺の受け持ちであるSクラスへの入学が決まった。否が応にも腕が鳴るってもんだ。これから俺が存分に磨いてやろうじゃねえか。

はっ、社長に負けず俺も、ずいぶん○○の実力を買ってるらしい。

一人、心の中で自分を笑ったとき、背後からいつも通りの騒がしい声が聞こえて来た。


「おはやっぷ〜♪早いわねえ、龍也」

そのままスキップで近づいてきた林檎が、俺の隣の机にどさっと荷物を置く。

「お前こそ、今日はえらく早えな。どうかしたのか?」

こいつがこんなに早く学園に来るなんざ滅多にない。
ホームルーム前、早朝の職員室には、まだ俺と林檎しかいなかった。

「今日、例の子が入ってくる日なんでしょ?」

「ああ。そろそろ来る頃じゃねえか」

だから俺も、こうして早くから学園にいるわけだ。
教室に行く前に説明しなきゃなんねえこともあるから、○○にも、早めに来るように言ってあるし…。

「ふぅ〜ん♪」

そんな俺を見て意味深な笑みを浮かべた林檎を、横目でにらむ。

「あ?なんだよ、気色わりいな」

こいつに笑われるようなことは言ってねえつもりだが。

「だって龍也、何日か前からすごくうれしそうなんだもん!その子が入ってくるからわくわくしてるんでしょ?」

「………」

ちっ、考えが顔に出ちまってたか。外れてねえだけに反論もできず、俺は黙り込んだ。

「龍也をこんな風にするのがどんな子なのか気になってね、それで早く来ちゃったの♪ああ、楽しみっ☆早く会いた〜い!」

横ではしゃぐ林檎を見ながら、ため息をついたときだった。
ノックの後に、がらっと扉が開く音がして、

「…失礼します」

柔らかな声が一帯に響いた。

…来たか。

林檎の歓声を聞きながら、俺は、そいつを出迎えようと椅子から腰を上げた。







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