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□傘に隠した、
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6月。梅雨。
雨音が世界を包む。
静寂。
しとしと、しとしと。
まるで雨に溶けてしまったように、他の音は聞こえない。
「はあ……」
そんな中、私の溜息だけがやけに大きく響く。
しっとり、しとしと、やまない雨音。
そう、今は梅雨。
なのに、どうして忘れてしまったんだろう……
傘を!
私は頭を抱えた。
いつもならちゃんと折りたたみ傘を入れてるはずの鞄。今日はそれとは違う鞄を持って来てしまったのだ。提出する課題が多くて、いつもの鞄じゃ入らなかったから。
念のためともう一度鞄の底を隅から隅までかき回してみても、やっぱり……ない。
「はぁあ……」
重たい息をもう一度吐き出しながら、しゃがみこみ頬杖をつく。
どんよりとした空には、私の溜息がそのまま形になったように分厚い雲。
ただでさえ薄暗いのに、さっきからもっとあたりは暗くなってきた。放課後、時間を忘れてレコーディングルームにこもっていたせいだ。そのせいで雨が降り出したことにも気付かなかった。朝登校するときの天気は曇りだったし、レコーディングルームにこもるとき、灰色の空は涙をこぼしそうには見えなかったのに。
サアァ、と、霧雨のカーテンが幾重にも重なって落ちてくるのを眺める。
しばらく校舎の玄関先で粘っているけど、雨は一向に止む気配を見せない。
ふう、このままこうしていても仕方がない。そんなに強い雨でもないし、寮までくらいだいじょうぶよね。
気を取り直すと、私は肩にかけていた鞄をしっかりと胸に抱え込んだ。
ついさっきまで推敲していた新曲の歌詞。それが書かれたノートだけは濡れませんように。
私の足元で、小さな蛙がげこっと鳴いた。
それを合図に、勢いよく冷たいシャワーの中へと足を踏み出そうとしたときだった。
「○○さん!」
後方から聞こえて来た声に、足があわててブレーキを踏んだ。
それが誰なのか、実は声を聞いただけでわかったけど、反射的に声が聞こえた方を見やる。
「一ノ瀬くん!」
それはやっぱり一ノ瀬くんだった。
傘の下、雨の中を彼は早足でこちらにやってくる。
「よかった、間に合って」
軒下に立つ私の正面で立ち止まると、一ノ瀬くんはほっとしたような表情で言った。
そして軽く息をつき、呼吸を整えている。
「どうしたの、そんなにあわてて?」
一ノ瀬くんが呼吸を乱すなんて珍しい。私に何か急ぎの用でもあるのかな。
首をかしげた私に、彼は頭を緩く横に振った。
「いえ、ちょうど帰ろうとしたときに、ここに佇んでいるあなたの姿が目に入ったものですから」
傘を持っていないのでしょう?と、一ノ瀬くんは薄く微笑んだ。
「あなたのことですから、走って雨に濡れながら帰るのではないかと思ったのですよ。この時期に風邪でもひいて、喉を痛めてしまったら大変です。一緒に帰りましょう」
さあ、と、一ノ瀬くんが私の方へ傘を差しかける。現に一ノ瀬くんが差している、その瞳によく似た紺色の傘を。
……これは、つまり?
「は、入ってもいいの?一緒に?」
確認のため尋ねると、一ノ瀬くんはふっと笑みをこぼした。
「他に、どういう意味が?」
い、一ノ瀬くんの笑顔…!!
向かい合ったままの距離でまともに彼の顔を見てしまい、胸がどきゅんとしてしまった私は、
「あ、ありがとう……」
どぎまぎしながら、そっと彼の隣に足を踏み入れた。