utpr/short

chocolat orange/my honey
2ページ/5ページ







聖川真斗。今時流行らない、たいそうな堅物。俺とは正反対のつまらない男。
そんなあいつに、彼女ができた?
風の噂でそう聞いたときには、耳を疑った。そして、興味がわいた。
あいつに惚れるなんて、どれだけ物好きなレディなんだろうって。
それが××だった。
彼女のことは、入学当初から知ってはいた。同じSクラスだったからというだけじゃない。××はクラスの中でも大人しく、目立たない方だったが、彼女は明らかに俺を嫌っていたからだ。目が合った時の眉間の皺や、声をかけたときのそっけない素振りが、俺にそう教えた。
レディの中には2種類の子がいる。俺を好いて、騒いでもてはやしてくれる子。それから、まったく興味を示さず、遠巻きに見ている子。彼女はそのどっちでもなかった。まさか、俺を嫌うレディがいるとはね。話したことも触れ合ったこともないのに、どうして端から俺を嫌っているのかな。少し気になった俺は、ある日、彼女に話しかけてみた。


「やあ、レディ。今、ちょっといいかな」


廊下を行き過ぎようとする彼女を背後から呼び止めると、××はぴたっと立ち止まった。
そして、話しかけたのが俺だと知ると、くるりとこちらを振り向くなりこう言い放ったのだ。


「私、あなたのことが嫌いです。口だけの、軽い男はだいっきらいなの。だから話かけないでください」

その決然とした態度、曇りなく澄んだ瞳を見て、唖然としながらもそのときの俺は思った。なるほど、このレディも聖川も、どうやら大層な物好きらしいって。
(まあそうなると、俺も物好きってことになっちゃうんだけどね。)


それからだ。俺がしょっちゅう彼女に構うようになったのは。
最初は俺自身も、彼女に構うのはただの冷やかしに過ぎないって、俺は聖川をからかいたいだけなんだって、そう思っていた。俺を嫌うレディなんて初めてだったから、どうにかして俺になびかせてやりたいっていう意地が、無意識下にあったのかもしれないしね。ファーストコンタクトはずいぶんショッキングなものだったけど、その後交流するうちに、俺はただの軽い男じゃないってことをわかってもらえたらしい。彼女はたびたび柔らかい表情を見せてくれるようになった。そんな××を見て、俺の胸は、いつの間にかほのかな温もりを抱くようになった。


それが、晩春の話。








「やあ、レディ。おはよう。今日も君に会えてうれしいよ」


今日も朝がやって来た。
そしてまた俺は変わらず、車を降りて一番に彼女のもとへ向かう。
校門の影に静かに佇む××は、今日も麗しい。
それはきっと、誰にとっても変わらぬ事実だ。


「レン、おはよう。今日も早いね」


そして今日も彼女は俺に微笑む。誰より優しく、美しく。
イッチーやおチビちゃんにそうするように、皆にするのと同じように。
彼女の「特別」は俺じゃないから。
なんて残酷な優しさだろう。
それを彼女は知らないけれど。


「……今日もまた、君は飽きずにあいつを待っているのかい?」


残酷な現実が、今日は俺に少しの意地悪をさせた。


「だいたい、奴と君はクラスが違うじゃないか。たまには俺と一緒に登校するのはどう?俺たちは同じクラスなんだしさ」


不敵な笑みを浮かべる俺の姿が、××の目に映る。
いつも通りの、澄んだ瞳。
それを見つめながら、次に彼女が何を言うのかを予想する。
きっと××はまた、いつものあの笑顔で…。


「もう、レンはいつも冗談ばかりなんだから」


やっぱりね。今日も同じだ。
彼女のこんな返答には慣れたはずなのに、俺は、やっぱり落胆するんだな。呆れるよ。
ふっ、と、自嘲の笑みが漏れた。


「そういう君こそ、いつも俺の言うことを信じてはくれないよね。俺はいつも本気なのにさ、いい加減傷付いちゃうよ」


笑みに悲しみを織り込んで、少しばかりでなく本音をこぼしてみるけど、


「もう、レンこそいい加減私をからかうのはやめてよね。ほら、女の子たちが呼んでる。私に構ってないで、行って?」


残酷な微笑みが邪魔をして、彼女に届くことはない。








「あなたが私に構うのは、私がマサの彼女だからでしょう?」
ライバルの彼女がどんな女なのか、ちょっかいをかけてみようと思ったんでしょう。

俺が××によく絡むようになってすぐ、彼女は俺にそう言った。
違うよ、あいつは関係ない。俺は君に興味があるんだ。俺は君が、純粋に気になるだけだよ。
何度そう言ったかな。
俺がどんなに否定しても、××の態度は変わらなかった。
俺を信じてくれることはなかった。
彼女はいつもやんわりと遠回しに、けれど確かに、俺の言葉を拒絶する。
俺を、拒絶する。
昨日も、今日も、そしてきっと、明日も。
彼女は笑って、俺に言うんだろう。
「また、そんな冗談を」って。







次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ